Any last words?
□adieu
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「アナタが好き…。」
ギギッ
「けど、あたしが本当に好きなのは…。」
ペキ、メキ…
ギギッギギギギギギギッギギギ
「―あ…ぁ。」
ギ ギッ ボキッ。
「いま、行くね。」
―カルマシティ、EGG施設―
「アルジラ。」
不意に後方からあたしを呼ぶ声がする。
「なに?サーフ。」
彼はサーフ。このEGG施設…いえ、カルマ協会…いえ…。もっと言えば、この世界の最後の希望とも言えるテクノシャーマンの少女、セラの…。彼女の専属カウンセラー。
彼は温厚で優しくて人間味溢れた人。
「君はもう上がって良いよ。セラにこれ以上は負担が大きいから。後は俺とヒートがやっておくから休んで来てよ。」
「え、でも…。」
「構わねえよアルジラ。セラの容体も安定してるし問題ねえ。」
この人はヒート。セラの肉体面のケアを担当する主治医。
「え、ええ。分かったわヒート。」
彼とは普通に接してる…ように演じてる。正直、彼は口調も行動も粗雑であまり好きじゃない。
「じゃ、後はよろしくねサーフ…ヒート。」
「ああ。」
「帰り道気を付けてな。」
「ええ。」
あたしは部屋を出て更衣室のロッカーに白衣を仕舞い私服に着替え、EGG施設を後にした。
―あたしはアルジラ。ここカルマ協会EGG施設でセラと言う少女の担当看護師をしてる。
でもぶっちゃけセラの事も怖くて近寄るのも嫌だけど仕事だからなるべく顔に出さずに相手をしてる。
あたしは…。最低な人間なんだ。
カルマシティの都市部の合間にBAR・ソリッドという酒場がある。
情けないような話だけどあたしは仕事が終わった後仕事中のストレス発散と言うかなんと言うか、度々ソリッドに酒を飲みに行く。
今日も例外じゃなかった。ビルの裂け目のような狭い路地裏に、ソリッドと黒く鋭く書かれた黄色いネオンの看板が不規則に点滅している。
重いドアを開けると、太いドレッドの黒人の店主がカウンターで茶髪の軽い感じの若者と痴話を交わしている。
黙ってひたすら酒を飲み干す中年オヤジもいる。
奥では、店内に流れるディスコのロックやトランスかなんかの爆音に合わせて頭を激しく上下させ飛んで跳ねて踊って、ビリヤード場でチンピラ同士が口論していたり、いつも通りとても賑やかだ。
「ミック!」
カウンターに適当に腰掛けマスターに声をかける。
「アルジラ!来たな!いつものか?」
「ええ、頼むわ。」
このやたらファンシーな黄色いエプロンを着た黒人の巨漢、ミック・ザ・ニックって名前(多分偽名)の男がここ、ソリッドのマスター。恐ろしく腕っぷしが強くて銃弾も跳ね返しそうな分厚い筋肉の壁とご自慢のドレッドヘアがトレードマーク。基本は陽気で温厚だけどひとたび怒らせると相手が生きて帰ることはまずない。あたしも一度、ミックがゴロツキを片手で5mほど吹っ飛ばして一撃で失神したのを見ているからなるべく逆らわないようにしている。
「アルジラ、最近来なかったみてえだがどうした?仕事が忙しかったのか?」
「ええ、そんなとこよ。」
―こうやって飲みつつ仕事の愚痴(研究内容は極秘裏だからあまり詳しくは言えないけど)なんかを喋っているけど今日はいつもと少し違った。
「そういやお前はウチに新入り来たの知らねえだろ。」
あたしのグラスにバーボンを注ぎながらミックがダンスホールの横のステージの方を顎で指した。
「え?」
「つい最近来たんだが…まぁ、もうちょいすりゃ新入りの出番だからとりあえず見とけよ。」
「ふーん…。」
5分後くらいに店内に響いていたトランスが鳴り終わり、目まぐるしく回転していたミラーボールが止まり、一瞬辺りは真っ暗になった。
「ヒュー!待ってたぜー!」
ミックが口笛を吹くと同時にライトが光りミラーボールが回りだし激しいエレキギターとドラムの音が胸の辺りに重く大きく響いた。
辺りは歓声か怒号かよく分からないオオオオって感じの声が上がりいつの間に用意したのか、ステージにはバンドと思われる4人が上がっていた。
全員銀の装飾をジャラジャラ纏った黒のレザージャケットと派手な髪と顔のペイントが目立つ。
中でも一際目立つのが銀髪で左足だけ付け根からペンキの池に浸かったように真っ赤になっている黒のジーンズを穿いた露出多めの女性ヴォーカリスト。
一瞬、彼女に目を奪われた。
鳴り響くドラムとギターが、80年代辺りの皆知ってるわりと有名なロックの前奏に変わり始め、生演奏にテンションが上がるのか辺りのどよめきが一層熱くなる。
ああ〜…あの曲のメタルのカヴァーなのね。とか思いつつあたしはただヴォーカルの彼女を見ていた。そして、彼女が口を開けた瞬間、あたしはもう彼女から目が離せなかった。
ヴォーカルのあの女性の、凄まじいまでの歌唱力。
曲に合わせて踊る人は少なく、大体の皆はヴォーカルに釘付けになっていた。あたしもその釘付けにされた奴の一人。
なんでこんなプロみたいな人がこんなトコで歌ってんだろう。
そう不思議に思いつつも、あたしは彼女のハスキーで血管ちぎれそうなほどパワフルな歌声に聴き惚れ、もっと近くで彼女を見たくてカウンターの席を立った。
ダンスホールの入り口近くまで行くと彼女の容姿がよく分かる。まず、赤い涙のような右頬のペイントと綺麗に切り揃えたショートの銀髪が色白の肌なのによく映えている。黒のレザージャケット、銀のブレスレット、ネックレス、黒のレザーグローブ、赤いマニキュア、赤い唇、赤いダイヤ型のピアス、大きく開いた胸元に今にも大事な所が透けそうな黒いレースのブラ、右足だけ赤い黒くボロボロのジーンズ。スクラッチから白い肌がチラチラ見え隠れする。足元は、黒の皮ブーツ、両足を繋ぐような銀の細い3連のチェーンと、やたらダークな色が全体を占めている。
ふと、一瞬だけヴォーカルの彼女と目があった。
我に返った。あたし絶対彼女の事気持ち悪いくらいジロジロ見てたわとか急に冷静になっていた。物凄い恥ずかしさが込み上げて目を反らし、さっさとダンスホールを離れカウンターに戻った。
あたしがいた席は知らない若い男が座ってたので1つ空けたその隣に座った。
「どうよ、新入りもの凄げえクールだろ!?イカすだろ!?」
ミックが得意気に話しかけてくる。
「そ、そうね。凄い歌声ね。あの人達アマチュア?」
「一応マイナーでデビューしてるらしいぜ。ジナーナの声は良いけどあの赤い髪の奴のオリジナル曲の作詞がヒデェから売れねえらしーのよ。」
彼女、ジナーナって言うのか…。
「赤い髪のアイツ、名前なんだったっけな〜。」
ミックはメンバー全員を紹介しようとしてるようだけどあたしは何故かそのジナーナと言う彼女の事だけが気になった。
「ミック、そのジナーナと話してみたいんだけど大丈夫?」
「あー、サイン貰うなら今のうちだもんな。どうせここの仕事終わった後は暇だろうからあと1時間くらいここで飲んで暇潰してりゃ良いさ。ほらよ、へへ。サービスしてやるぜ。」
ミックは尚も機嫌良さげに新しいグラスにバーボンを注いでそう教えてくれた。
―1時間後―
「はれぇ、あたしバッグどーしたっけぇ〜?」
「おま、自分で持ってるって…ちょいと飲みすぎだな…もうやめとけそこら辺で。」
あたしは完全に酔いつぶれる一歩手前まで泥酔していて視界は回るわ手の感覚無いわ方向感覚無いわ平均感覚無いわ気持ち悪いわで色々ド修羅場だった。
明日はサーフには悪いけど風邪で休むって言っておこう。有給取って。
「YOー!今日もイイ仕事出来たぜブラザー!!」
「よーお疲れー!今回もバッチグーだったな〜」
「ソレ死語だぜ兄貴ー。」
人が減った店内。あたしがカウンターに顔を突っ伏してる隣であのバンドのメンバーが三人で飲んで雑談していた。彼女が居なかった。
「…ありぇ?じにゃーにゃはぁ?」
呂律が回らない舌で情けなくつぶやくと一番近くにいた赤い髪で前分けロングストレートのお兄さんがお手洗い行ったよって教えてくれたのは覚えてる。
あたしの体力と精神力はそこで力尽き、そっすかと短く言い残し意識が吹っ飛び、気がつくと明るい事務室みたいな見慣れない部屋のソファで寝ていた。
茶色のモコモコした毛布があたしの上にかかっていて、一瞬バッグがないと焦って辺りを見回したらソファに挟まれた木のテーブルに置いてあり中身も無事なようだった。
携帯の時計を見てみると5時ちょっと前。脳天カチ割れるほど頭痛かったけど二日酔いじゃバツが悪いし、一応上司のヒートに風邪で休むと言う内容のメールで連絡を入れておいた。
暫くしたらヒートからわかった。とだけ書かれたそっけない返事が来て若干イラッとした。けどあたしの方も仮病だから文句は言えない。
「起きたか?」
携帯を閉じた直後、後ろから静かな声がして振り返るとそこには昨日歌っていたヴォーカルの彼女、ジナーナが昨日のままの恰好で立っていた。でも声は違ってた。今は静かで、綺麗で、落ち着いた声。
「ジナーナだ。」
「ミックから聞いたわ。プロの歌手なんですってね。」