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□嘘吐きの夕暮
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茜色の空、地平線に沈む太陽が眩しい頃
何時も同じ鐘の音が、私の心に響く。
楽しげな黄色い声が、嬉しげな叫び声が、
あっという間に教室に伝染し
あっという間に居なくなる。
夕暮とは一瞬で儚く夢ないしいものである。

「お前さん、こんな時間までなにしとるん?」

まるでおどけた様な、怪しく可愛げのある笑みを浮かべ
私の同級生仁王雅治が寄ってきた。
小学校は別だったが、中学は三年間同じクラス。
嘘だか本当だか見当のつかない言葉を
並び立てるのが得意な詐欺師さん。

『どうだっていいでしょ?』
「良くなか」
『不真面目なアンタに言われたくないっ』
「今日は、真面目なんよ」

そう言って、ひらひらと腕章を目の前に出す。
腕章には「風紀委員」と綺麗に刺繍されている。
不真面目で不良寸前の仁王が風紀委員…
同じ部活の柳生くんにでも頼まれたのだろう。

「今日は奴の代わりじゃけん…真面目にやらんとな」

そう言って、しっしっと私を教室から追い出した。
不真面目なくせに微妙に律義で、本当に謎が多い。

「ほれ、帰りんしゃい下校時間じゃ」

柄にもなくしっかりしている仁王
嘘ばっかり付いているが本当は良い奴なのかも
そう思えば、また嘘を吐く。
仁王雅治と言う男の生態はまったくもって謎だらけである。
私は彼に背を向けて、真っ赤な廊下を歩きだした…

「ちょい、待ち」
『えっ?』

仁王に勢いよく腕を掴まれた。

「今日は先生が下校時の制服点検しとる…」
『あっ、そう言えば、今週は生活点検の強化週間だっけ…』
「その髪じゃ必ず引っかかるぜよ」

仁王は私の髪を指さしながら得意顔で言った。
私はこの間生活点検に引っ掛かり痛い目を見た。
二度目となると…

「なんじゃ?ゴムもっとらんのか?」
『あるはずなんだけど…』

バックの中を探す。
ポケットから、ポーチにファイルの中まで
輪ゴムでもいいからないものかと探した。

『うそー、この前しまったばっかり…』
「あほ」
『うるさい』
「仕方ないの……」

そう言って頭を少し掻いたあと
仁王は自分の髪を結っているゴムを外しだした。

『え…』
「ホレッ」

渡されたのは仁王が何時も付けてるゴム…


クンクンッ


「なに匂い嗅いどるんじゃ」
『いや、気になって…』
「ふぅー、取りあえず、これ使いんしゃい」

紫色のゴム…。
私はさっと髪の毛を束ねて一つに結んだ。
案外普通のゴムだった…
仁王が貸してくれたので、なにか仕掛けがあるのではないかと
びくびくしていたのに。

「おっ、案外似合うもんじゃの」
『何が』
「そっちの方が可愛いなり」
『…っ!!…うるさい!』
「何すねとんのじゃ…ほれ、はよ帰りんしゃい」

仁王に促されて玄関に向かった。
”「そっちの方が可愛いなり」”
お世辞なのか、本心なのか、分からなかった。

ただ、ゴムを解いた後の仁王が
夕日せいか妙に輝いて見えた。


それとも…

いや、夕日のせいだろう。


点検を受け、学校を出る頃には
空は半分ほど暗くなっていた。
夕日は一瞬だけ輝いて何所かへ消えてしまう。
それは、嘘をつくアイツが
時々見せる素直で優しい一面見たいだ。

教室の窓から仁王があの怪しく可愛げのある笑みを浮かべてこっち見てる。
不気味だと、嫌な感じだと、そう思うことの方が多い。
嘘の言葉を並べる詐欺師
真面目に友人の代わりを買う律義な奴
どちらが本当なのか…それとも違うのか…
謎は深まり、終わりは見えてこない。
それでも、一瞬輝く彼は彼の本当の姿なんだと…信じたい。





地平線に沈む夕日
遠ざかっていくアイツの背中。
俺にはなんだか同じもののように見えた。
ただ、俺にはどちらとも少々眩し過ぎるんじゃが…
そんな事を考えながら
窓側の机に寄りかかり、窓を眺めていた。
誰もいない教室で一人…
かと思うと後ろから突然声をかけられた

「仁王くん…私の腕章返してくれませんか?」
「おっ、柳生おったんか…」

気付かんかった。

「遊びで使われるのは困ります」
「…遊びねぇ」

俺は不意に窓の外に視線をずらす。
さっきまで見えていたあの背中はもう見えなくなっていた。
太陽もほとんど見えない。

「部活を引退したからと言ってそんな」
「いや」

俺は柳生の言葉を遮った




「遊びなんかじゃなか…」
「じゃぁ一体何をしていたのですか?」


柳生は不思議そうに俺を見た。



「まっ、お前さんには分からんよ…」


俺はそう言い返してやった。





(夕日が照らすのは嘘か、真か)
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