story
□黄昏飛行
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“愛”なんてもの、俺には必要ないと思っていた。
愛することも、愛されることも。
そんなもの、高みを目指すための道の障害となる、石ころのようなものだった。
氷河の国に生まれた、男である俺は異端児だった。
己の都合で俺を「忌み子」だといって川底に落とした奴らを恨んだ。
“恨み”という感情を、強くなるための糧とした。なりふり構わず、手当たり次第に雑魚妖怪を殺した。
それが俺の生きる証だったから――…。
それなのに…今の俺ときたら、どうしようもない。
あいつと居て気付いた。
人を愛し、愛されることは“恨み”以上に俺を前に進ませてくれる。
あいつを守りたいという気持ちが、俺を強くする。
あいつの温かい愛情が、俺に力をくれる。
あいつは、故郷を故郷と思わない俺に、居場所をくれた。あいつがいる所が、俺の帰る所。
贅沢は言わない。
ただ、あいつと一緒に居れればいい。
それだけで生きる意味が、そして強くなる目的が、生まれる。
**
人間界に来たのはいつぶりだろうか。
高まる脈動を鎮めつつ、月明かりを浴びながら目的の場所を目指した。
もしかすると、相当心躍っていたのかもしれない。
ここまで来るのに、いつもより時間がかからなかった。
部屋の光がカーテンを透し、窓の外に零れている。
この先にあいつがいるのかと思うと、心が逸る。
久しぶりの訪問にも関わらず、窓は相変わらず開いていた。物騒だとは思いつつも、そんな些細な気遣いが俺を喜ばせる。
そっとベッドの側まで歩みを進めた。
あまりにも久しぶりの訪問を、予想しなかったのだろう。俺が来たときに蔵馬が寝てるのは珍しいことだった。
先程カーテンを開けたことによって差し込み始めた月明かりが、その美しい顔を照らしている。
疲れているのか、近くで見ると若干顔が青白い。しかしそれが、彼の儚げな美しさを引き立たせる。
―触れたい―
起こしてしまうかもしれないと思いつつも、その衝動を抑え切れなかった。
久々に見た愛しき人を目の前にして、耐えきれるはずがない。
ゆっくりと、緩慢な動きで腕を伸ばした。そっと、怖々と、けれど優しく彼の頬に触れてみる。
案の定、彼はゆったりとその眼を開けてしまった。
「……起こしてしまったか。すまん。」
少々申し訳ないとは思いつつ、悪びれた感じを見せずに言ってみる。
嫌味の一つでも言われるかもしれない。