過去文倉庫

□そうして僕は祈った
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気付いたのはいつだっただろうか。
デビューした2年前なのか、1周年を迎えた時なのか、はたまた昨日なのかも分からない。

ただ、いつからか。








僕は薮くんだけを見つめていた。










「裕翔、それ取ってもらえる?」




「あぁコレ?はい。」




「さんきゅっ」






僕が渡したペットボトルを左手で受け取りひょいっと右手に投げ、もちかえる。

キャップを片手で開けてごくりと一気に半分近く飲み干す。






そんな他愛もないような動作さえ見入ってしまう。
長い睫毛、笑うと細る瞳、すっと筋の通った鼻。






いつからか薮くんの全てに惹かれている自分がいた。






昔は違った。

歌やダンスが上手くて、それがすごく格好よくて単純に憧れてた。



今は違う。
彼のしたこと全てが、いやもはや存在自体が愛しくて。

片思いの対象になっているのだ。







「あ、そうだ。さっき圭人が裕翔のこと呼んでたぞ?」




「あ、ぅん。ありがとう。」






カタン、と小さな音をたてて席をたつ。
圭人がいるであろう、自動販売機の前にゆくために。






「えっと、薮くん。ジュース買ってこようか?」



「あ…じゃあ折角だからお茶買ってきて。」




「了解。じゃ、いってきます。」






こうやって世話を焼くのは、薮君の笑顔が見たいから。

裕翔ありがとう、って喜んでくれる薮君が見たいから。







ただ自分の履いているブーツのカツンカツンという音だけが廊下にこだまする。


圭人はやっぱり自動販売機にいて、伊野ちゃんとジュースを買っていた。



(…なんか意外な組合せ)






…なんて馬鹿なこと考えながら近付く。







「裕翔、探してたんだよ?」




「なになにー?なんかあったの?」





伊野ちゃんに言われながら自動販売機に小銭を入れて薮君お気に入りのお茶を買う。






「裕翔、向こうにケータイ忘れてったんだよ。」




圭人がいう向こう。
それはたぶんさっきまでダンスのレッスンをしていた場所だろう。




伊野ちゃんの手に僕のケータイがある。
ほらよ、と渡されて素直に御礼を言った。





「あれ?2人は楽屋戻らないの?」




「ん、えっとー…もうちょっとここにいようかなぁ。」




「伊野ちゃんも?」





「あ……うん。」






レッスンも終ったのになぜ楽屋に戻らないのかなど考えたのはかなり後のこと。

今はとにかく薮くんにお茶を渡さなきゃ、それしか頭になかった。








*
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