U
□夏祭り
1ページ/1ページ
君がいた夏は
遠い夢のなか
空に消えてった
打ち上げ花火
梅雨明けの夜は妙に暑く湿気がある。
祭りは賑やかで、屋台の灯が夜空を照らしていた。
家族連れやカップルが楽しそうに屋台で買ったであろう食べ物や玩具をもちながら歩いている。
遠くで聞こえるお囃子が場の空気を盛り上げる。
はぐれないようにと繋いで手と手の間は二人の汗と湿気で濡れて、普段は不快なはずなのに逆に嬉しいと思う俺って末期なのかな。
人ごみをかきわけ、河原に出るとヒューと高い音がなり、ドンッという大きな音とともに夜空が赤に彩られた。
人々は歓声をあげ、携帯で写真をとる。
その間にも空は青、黄、緑に彩られちらちら消えてはあがり消えてはあがりを繰り返す。
「綺麗だな」
薮の声にこくんと頷くと肩と肩がくっつくまで近付けた。
綺麗な大輪の華達はまるで幻影の如くすぐ消えてしまうから、瞬きすらもったいなく思ってしまう。
ヒュードン、パラパラ。音が止むことはない。
お囃子も聞こえないくらいの花火と歓声。
「このままお祭り終わらなきゃいいのに」
俺の呟いた言葉は花火によってかき消された。
え、なんか言った?といった薮にんーんなんでもないと言うしかなくて。好きだから、困らせたくなんかないから。
「逃げちゃおうか」
どうしたのかと思い、隣りをみたら腕を掴まれた。
人込みをかきわけて、かきわけて屋台たちを通り越して神社の境内までくると2人ともはあはあと息をきらしていた。
「急になんだよ…っ」
「二人きりになりたかったなんていったらお前馬鹿にすんだろ」
二人の浴衣ははだけて、汗だくなのにまだ手は離せずにいる。
久しぶりの薮の真顔を直でなんか見えなくて目線を外して見たものは夜空を照らす花火。
しかし肩を掴まれ嫌でも顔を見なくちゃいけなくなくなる。
言いたくないけれど整いすぎた顔が近すぎて顔が熱くなったのがわかった。
夜空を灯す花火が顔の赤みを見せないかひやひやしながら、目を見た。
「俺、ずっとずっと伊野尾のことすきだから」
「…そんなこと言うな、ばか…」
ずっとずっと、なんて。もう時間がないみたいじゃないか。
「えー結構はずかったのに」
「ずっととか…そんなん当たり前だろ」
「ふふ、まあそういえばそうだな」
笑った薮はかっこよくて誰もいないけど誰にも見せたくなくて抱き着いた。
ドンッと上がった花火にすら見せたくない、そんな女々しい嫉妬をする自分がなんだかすごく恥ずかしい。
どくどく高鳴る心音がもしも薮に聞こえてしまったら、俺は恥ずかしくて気絶してしまうだろう。
「だいじょぶだから」
「ばか…なにがだよ」
「んーなんだろな」
笑うなよ、ばか。
お前と離れたくなくなるだろ。
いっそのことお前なんか嫌いだと突き放してくれたら楽だっただろうに。
「なんでこんなときまでお前は優しいんだよ、阿呆」
「ははっなにそれ、褒めてんの?馬鹿にしてんの?」
「…どっちもだ、ばか」
ヒュードンと花火が上がる。
もうすぐ花火も終わる。そして、俺たちの時も終わる。
時は一瞬止まり、薮に会うまえの時がまた流れ始まる。
居て“当たり前”だった薮が居なくなる。
居て当たり前。
“当たり前”なんてないのに、“当たり前”と思い込んだ俺が悪いのだけどやっぱり別れたくなんかない。
「すきだよ」
「居なくなるなよ、馬鹿!馬鹿、馬鹿、馬鹿!」
「ごめん…」
「謝るなよ…」
ねぇ、なんで今日なの?7月7日、七夕。
七夕って願いが叶うんだろ!?
なんで居なくなっちゃうんだよ。
天の川が花火に照らされる。
「じゃ、目を閉じて」
「やだ…居なくなっちゃうんだろ…?」
「…ね、閉じて」
目を閉じると闇のなか、ちゅっと唇に触れる温もり。
そして繋がれていた手が握り締めているはずなのにすーっと海の砂を掴むように消えていく。
「や…やだ…、やぶ、薮…っ」
「だいじょぶ、だいじょぶだから」
しばらく時間が経って、瞼を開くと神社の境内と屋台だけが見える。
はだけた浴衣を治して歩き出すとからんからんと下駄が鳴る。
「だいじょぶってなんなんだよ、ばか」
ヒュードンと上がった花火が赤に空を染める。
薮と繋いでいた手はまだ湿っててくすりと笑う。
君がいた夏は
一番嫌いな夏であって
一番好きな夏。
end
曲パロ。