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□ろくがつにじゅうさんにち。
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伊野さん誕生日小説。
××××××××××







湿気を含んだ髪は持ち主の意志に反してくるんと丸まった。
だから梅雨は嫌なんだ。
そんな誰しも思いゆる愚直を引き下げて茶色の革靴をはいてドアを開けた。案の定、曇天の空は今にも泣き出しそうでわざと見えないふりして下を向いて歩く。
コツン、コツンと石畳を叩く革靴の音。
それを楽しんでいて忘れていた、胸ポケットが妙に軽いことを。
右手に傘、左手に財布。胸ポケットには当たり前に携帯が入れたものだと思っていたのに。
この2011年すべてが揃う便利な世の中、携帯あれば時計などいらないだろうという現代人特有の甘い考えから時間すら分からない。
待ち合わせ場所のベンチに座ると深くため息を吐いた。

確か、家を出たときまだ夕方のニュースではなく昼過ぎのサスペンスがやっていたはずだから今は日が暮れはじめたところか、曇天のそらはそれすら教えてくれない。

ぽつりぽつり−−−、
仕方なく青いビニール傘をさす。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
街は灯がついて、車もライトをつけるころ。
石畳と水溜まりを蹴る音が聞こえた。それがどうやらこちらに近づいてくるようで閉じていた目蓋をゆっくり開けた。

「はあ、は…ッ…悪ぃ、遅くなった」


明るい茶色の髪はぺたんと濡れて肌に張りついて、服もまたびしょびしょで体のラインがよく分かる。
咄嗟に立ち上がると薮も驚いたようにおぉと声を出した。

「びしょびしょじゃんかッバカ」

「−−−ん、だって遅れるって思ったから」


自分の傘は勿論一人用だが無理矢理薮を入れる、二人とも肩が濡れながら石畳を歩き、近くのカフェで傘を閉じた。
びしょびしょの薮がカフェに入れるはずもない、勿論入るつもりもないけれど。
薮のシャツを絞り自分の乾いた上着で髪を拭いてやると薮は申し訳なさそうに笑った。

「…はは、電話したんだけど伊野尾出ないからもしかしたら携帯忘れてずっと待ってるかもしれないと思ったら傘取りいくこと忘れてた」

「…まあ、忘れたっちゃ忘れたけど。風邪ひいたらどうすんだよ」

「…そうしたら伊野尾が看病してくれるんだろう?」

「図々しいったらありゃしないな」


くすくす笑って雑談をすれば雨も止み雲は晴れて、星空が覗いてきた。
星空を眺めているとふと自分を呼ぶ薮のこえ。

「伊野尾、」

「ん?」

「happybirthday 、でしょ?」

頬にあたる柔らかい感触はご察しの通り唇で顔が熱くなる。
にい、と意地悪く笑う薮が憎たらしい。


「ホントはこれから一緒にプレゼント選びに行きたかったんだけど」

「うん」

「−−−んまあ、俺びしょびしょだし。明日まで誕生日延ばしてよ」

「はは、なんだそれ」

「いいだろ、今年だけ6月23日誕生日で」


指は自然に絡まり、また石畳をコツンコツンと歩き出す。
その足どりはさきほどより軽い。
明日まで延びたお楽しみに体が踊って。

















エンド。

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