文倉庫1

□約束の日
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涼裕
※Iwishの約束の日の曲パロ









教室は夕陽で赤く染まる。
机に書いた落書きを指で擦るとぐちゃぐちゃに消えた。
少し黒く汚れた親指を洗うのが面倒臭くて制服で拭く。
涼介の机のうえに座って椅子を足で蹴飛ばすとガタガタと音をたててそれは後ろの机にぶつかってから倒れた。


「裕翔なにしてんの」


「涼介、遅いから。」


「八つ当たり?」


「うん八つ当たり」



涼介は倒れた椅子を元に戻してから鞄を持ち直して僕の腕を掴んだ。


「裕翔、帰ろうか」


「…うん帰ろうか」




夕陽に照らされた涼介に目が奪われてほんの数秒息をするのを忘れてしまった。

友達に抱く感情じゃないということは充分理解していたし、自分が異常な人間だということもまたちゃんと分かってる。
だけど掴まれた左腕に伝わる涼介の子供体温だとか、その掴んでいる手の指が少し短いところとか爪がきっちり切ってあるところとか。心が揺さぶられていく。

親友と呼べる此所までこれたことは奇跡だし、だからこの関係を壊すなんてことしたくなくてだけれどもどかしくてむず痒くて息苦しい。



「裕翔、映画を観に行かない?」


「いまから?」


「いまから。駄目?観たいのあるんだ」


「いいよ」



歩幅が少し小さな涼介に合わせて歩くのは歩きにくいけれど、こうして隣りを歩くのがなにより好きだ。

平日の夕方、家に帰る人で溢れる街。
はぐれないようにと掴まれた腕。
手を繋ぎたいなんて言えっこなくて、歩き出した。



「混んでいるかな、映画」


「どうかな、混んでないといいけど」



案の定人が疎らな映画館、真ん中を陣取りいま話題の映画を観る。
人気の俳優と女優のラブストーリーは女子高生に人気だと聞いたけれど涼介はこういったものが好きなのだろうか。
きゅんと切なくなるようなその物語は意外にも見入ってしまう。
啜り泣く声も聞こえはじめたころふと左手が温かい何かに包まれた。
びっくりして見ると、僕の左手は涼介の右手に包まれていた。
気付かないふりをするべきかせざるべきか、涼介はなんでもないような顔をしている。


「りょすけ、」


「映画、いいところだよ。ほら」



画面の二人は幸せそうに手を取り合って笑いあう。
涼介の言ういいところは確かにいいところ。
だけれど集中なんかできっこない。
仕方なく一口、氷が溶けて水と化したミルクティーを啜った。

画面の二人の唇が重なる。
エンディングが流れる、絵に描いたような少女まんが的ストーリー。
あまり好かないジャンルなのに見入ったのはきっと自分に重ね合わせてしまったから。

自分も主人公のように口付けられたらなんて叶わぬ夢を願ったりしてみたり、只それが余計に泣けるのだから辛い。



「よかったね、映画」


「涼介ってこうゆうのが好きなんだね」


「大ちゃんがオススメっていってたから観たかったんだよ」



映画館を出る頃にはもう七時をまわっていた。
秋も深まる今日この頃、夜はかなり冷える。
寒具をもたない只の制服ではひやりと秋の冷たい夜風に肌を突き刺される。



「裕翔、今日はありがとうね」


「え、いいよいいよ。僕も楽しめたんだし」


「そう?よかった」



家までの帰り道はいつもより長い。
満面の星空が綺麗なのに見る暇もない。
それくらいにこの一時間足らずの時間が愛しい。
帰る途中にファーストフード店で買ったハンバーガーやジュースを公園のベンチで広げた。
そのベンチはぞうさんの顔が両端についている明らかに子供用であって僕と涼介では少し狭かった。
ちょくちょくあたる涼介の腕や髪にいちいち僕はドキドキする、映画で観た少女のように。



「美味しいね、やっぱり」


「だね、もう一つ買えば良かった」


「涼介は食べ過ぎだよー」



もう息は白い。
ほのかに温かいハンバーガーは二人の身体を温めた。
温かいココアを飲む涼介が可愛らくて本日2度目だけれどまた息をするのを忘れた。



「あーすっかり遅くなっちゃったね、ごめんね裕翔」


「いいってば、また映画行こうね」


「よかった、裕翔笑ってくれた」


「え?」


「最近元気ないように見えたから、でも良かった」



ハンバーガーの包み紙をくしゃくしゃに丸めてごみ箱に捨てながら涼介は笑う。



「やっぱ裕翔は笑ってなきゃな、ここ最近さあしゅんとしてたっていうか」


「そうかなぁ…」


「自覚ないならいいんだけれど、じゃあまた明日ね」




手を振る涼介に僕も振り返す。
今日は楽しかった、また明日逢える。
その毎日が楽しくて苦しい。

涼介の笑顔が好きなのに苦しい。


「はあ…」


夜八時十分の溜め息は白く染まりやがて消えていった。
ひとりきりで家で帰る、たった数百メートルなのにとてつもなく長く感じる。
涼介といた2キロはあんなに短かったのに、今度はちゃんと自分の歩幅で歩いているのに。


「ただいま、まま」


家に着いて事情を話してから風呂に入りすぐに寝た。
早く学校に行きたくて、でも行きたくない気持ちもある。

天窓から見えた夜空は先ほど涼介と見た空と同じでくすりと笑ってから目を閉じた。
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