文倉庫1
□最初の一歩
1ページ/1ページ
小さいころ、お前は泣き虫だなあと伊野尾に言われてムキになって喧嘩したことがある。
はたいて、蹴飛ばして、髪を引っ張って、大人のひとに止められてようやく止めた。
あれから何年も経って、泣くこともなくなり喧嘩をする代わりに違う感情が生まれた。
それが恋愛感情だと分かったとき、恥ずかしくなって伊野尾の顔が見られなくなった。
しかしそれと共に違う感情も生まれた、それは恋愛感情なんて甘酸っぱい可愛らしいものではなくて醜すぎるものだった。
「薮、知念が宏太怒ってて恐いって俺に愚痴りにきたぞ。」
「怒ってない、」
「…たく、分かりやすい奴」
当たり前のように俺の隣りに座った光はガムでも噛んでいるのかグレープの香りがした。
知念からの苦情を伝えにきたらしいがどこか笑顔の光に背筋がぞわりと寒気がした。
「後輩に当たるんじゃねえよ、ばかやぶ」
「当たってねえし」
「そーゆう態度が当たってるっていうんだよボケ。伊野ちゃんに構ってもらえないからって拗ねすぎなんだよ」
恋愛感情に気がついてからも数年の月日が経ち、なんだかんだ成り行きで恋人という最高ランクまで達したのはつい二、三ヵ月まえ。
貴様らは小学生恋愛以下かと笑われるかもしれないが手を繋ぐこともまだできていないのが現状。
恥ずかしがりな自分とマイペースな伊野尾なのだから仕方ない、といえば仕方ないのだけれども。
「ちょっと伊野ちゃんしつこいよー」
大ちゃんの少年染みた声が聞こえる。
その声の主にひっついてるのが我が恋人。
あいつと恋人になるまえ、つまりまだ友人であったときには気にも止めなかった伊野尾のひっつき癖。
伊野尾は人見知りのくせして懐いた相手にはとことんな奴だ。
最近は大ちゃんがお気に入りらしく暇があればひっついてちょっかいを出している。
「いいじゃん、ね大ちゃん」
「もー、お弁当食べられないじゃんかあ」
「可愛い、大ちゃん」
「可愛くないし、邪魔邪魔」
ぴったりくっついて、あ今お弁当の卵焼き食べた。
簡単に言えばつまらない、何故ならなんて理由はまたもや簡単。
だって好きな人が他の男といちゃいちゃしてんの見せられて良い気持ちになる奴なんていない。
それは自分の恋人が一方的にしていてもだ。
苛々するし、やるせない気持ちになる。
「やーぶ、顔恐いぞ」
「ん、」
「たまにはさ自分から構って構ってすれば?待ってるばかりじゃいずれ飽きられるぞ」
「…いやあ、うん」
「ほら、行ってこいヘタレ」
光に重い腰を押されて渋々伊野尾のところにいくといまだくっつき虫をしつづけていた。
大ちゃんは諦めたのかむしゃむしゃ弁当を食べている。
「伊野尾…、」
「んー?」
「ちょっと、外行かないか」
「…くそ寒いのに?」
頷くと嫌そうな顔しながらもムクリとたちあがってついてきた。
伊野尾が言ったように寒冷前線が東京で猛威を奮っているため気温はかなり低い。
だから外に出る気などさらさらなく人気のない自動販売機の前で立ち止まった。
「薮?」
「ね、伊野尾にとって俺ってなに?」
「は?いきなりなんだよ」
「いいから、言えばいいんだよ」
苛立ちながら伊野尾の腕をつかむと少し不安そうな顔をする。
こんなときにそんな可愛らしい顔をするなんてやっぱりこいつはズルイ奴だ。
「なにって、言われても…」
「伊野尾って俺がいなくてもいいんじゃない?」
「え?な、に」
「大ちゃんがいればそれでいいんじゃないの?」
半分自棄になりながら。子供みたいに縋りながらただ声だけはやけに小さくて微細くなった。
我ながら情けない。
「…やだ」
「え?」
「薮が居なきゃやだ」
ぎゅうっと音が鳴るのではと思うくらいに強い力で抱き着いてきた伊野尾、俺より小さな身長からかすっぽり腕のなかに入る。
「…なんでそんなこと言うの」
「え、とお」
「薮居なきゃやだからな、離れないからな」
後に伊野尾は捨てられるかと思ったと不機嫌MAXな顔をして言う。
いつも飄々としている恋人がこんなにも弱っているのを初めて見た。
「うん、離さないから俺が」
「…薮のくせに格好いいじゃんか」
「ありがとありがと」
伊野尾は少し離れたかと思いきや目を瞑って唇をむにゅうと突き出した。
「な、なにしてんだよ」
「ちゅう、しろ」
「はあ?」
「ちゅう」
心臓が壊れる、いや壊れた。
それくらいに恥ずかしい。
肩を掴んで馬鹿みたいに突き出した唇にそっと自分の唇を重ねてみる。
「薮、」
「な、なんだよ」
「…すき」
とことんマイペースなこいつは俺にひっついたまま離れなくなって、楽屋に入るとにやにや顔の光がお出迎えをするのだが、それはもう少しあと。
「俺もすき…、あーもう恥ずかしいっ」
最初の一歩
いま、考えると
むちゃくちゃ恥ずかしい。
end
ゆんぴ様リクエスト、嫉妬薮伊でした!!
遅くなり申し訳ありませんでしたm(_ _)m
またのおこしをお待ちしております。