ウソの先
□〜ウソ10つ目〜
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〜ウソ10つ目〜
眼鏡に触れた瞬間、確信した。
目の前の人は水谷だと。
『み、水谷…?』
「もしや見えてなかった?どんだけ強くぶつけたのか…」
呆れた声は確かに水谷のものであった。
だんだん見えてきた目をごしごしこすって再び水谷に視線を送ったが、余計にぼやけてしまっていた。
「まず手当てしなきゃな。ほら、おんぶしてやるから」
『え、おんぶ?‥ぅわぁ!?』
オレの返事も待たずにおんぶの体勢になって、ふわりと持ち上げた。
するともう抵抗は出来ず、そのままおとなしくしていた。
歩き出してすぐに水谷は、オレが疑問に思ったことを話し始めた。
「どうして俺がここにいるのか、知りたい顔してた。そうだね、なんでだと思う?」
『どうして質問するんだよ、わからないってば』
「散歩という名の尾行、かな」
『なにそれ?』
クスッと笑った水谷は、そのままの意味だよと言う。
散歩なのに尾行?尾行って誰を?
頭に疑問符をたくさん浮かべていた。
「窓から見えたんだ、佐倉が走ってどっかに行ったのが。だから俺はそれを追い掛けようとした、でも折り返して来たのが見えて電柱の後ろで待ってたんだ」
『まさかその電柱に…』
「お前がぶつかってきたってわけ。考え事でもしてた?」
恥ずかしすぎることを知らないうちにしていたらしい。
考え事をしていてぶつかった、というのも見抜かれていた。
言い返すこともできずに黙っていると、水谷はぽつりと一言つぶやいた。
「ひさしぶり」
『あ、うん…』
それからもう喋らなかった。
オレはただ地面を見つめていた。
「下りれる?」
『え、うん。大丈夫…』
水谷が喋ったのはさっきの会話の少しあと、ある家の前でだった。
そこは終業式の日の放課後、水谷の家だと思って行ったのに表札に[望月]と書かれていた家の前だ。
そして今ももちろん[望月]と書かれている。
「どうした?」
『いや、なんでもない』
水谷の背中から下り、表札を見て立ち尽くしていると水谷は悟ったらしく、小さく息を吐いた。
何か言おうとしているのか、口を開いたり閉じたりする水谷を静かに見つめた。
心を決めたのか、ぐっと唇を噛み締めてからゆっくりと口を開いた水谷。
「…とりあえず、中入れ。ここは俺の家だから」
『うん、ちょっとだけお邪魔する』
鍵を開けドアを開くと、早朝だから当たり前だが、中はしんと静まり返っていた。
靴を脱いで上がり、揃えて置き直したときに不自然さに気付いた。
『靴…』
「あ、今俺しか住んでないんだ。だから時間の許す限りいてもいいからな」
『ぇ、あ、うん…』
言いたいことが言えない。
表札の名字が違ううえに水谷しか住んでいないなんて、おかしすぎるのに。
それを聞けないままリビングに案内された。
「悪いな、ちょっと散らかってるんだけど。ソファーに座って楽にしてて」
『うん…』
楽に、と言われても無理で、膝上に置いた手をギュッと握りしめていた。
間もなく水谷は救急箱と氷を持って来た。
オレの目の前に座り、ちょっと見せて、と前髪を上げる。
ジンジンするぶつけた場所を優しく撫でる水谷を見ていられなくて、目を閉じた。
撫でる手が止まり、ふっと軽く息をついた。
「切れてないみたい、よかった。でも青くなるな」
『あーあ、新年早々なにしてんだろ…』
「手当てするから、目閉じてて」
素直に目を閉じると、慣れたような手つきで消毒し、氷の入った袋を傷に軽く押し当てた。
キンとした冷たさが頭に染み渡っていく。
手当てが終わったと思って氷袋に両手を添え、ゆっくり目を開いて驚いた。
水谷の目に涙が溜まっていて今にもこぼれそうになっていたのだ。
『水谷…?』
「ん…?あ、悪い…」
『どうし…っ‥?!』
急に抱きしめられ、言葉の続きが口から出て来なかった。
心拍数が徐々に上がっていくのが自分でもわかる。
水谷に聞こえてしまうのではないか心配していると、水谷は耳元で途切れ途切れにつぶやいた。
「少しだけ、こうさせて…話すから、俺のこと…気になってること、あるんだろ…」
『ぇ、ぅ、うん…』
「少しだけだから…」
少しだけ、と言いながらギュッと力を込めている水谷。
気になってること、そんなのたくさんある。
思わずうんと答えてしまったからには聞かなければならない。
聞かないほうがいいこともあるかもしれない、でも聞きたい。
水谷のことだから…
水谷の腕の中でぼんやり考えていた。
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