あはれなるもの

□花散里
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「総司、総司」と 
繰り返す。 
 
墓石を月の光が滑る。
水でそれを清める。
頭まで覆った襟巻から顔だけ出して。
泣いている。
 
「総司、総司」と
繰り返す。
 
墓の周囲の山々は。
周囲の山は静まり返り。
其の手で墓石を愛しく撫でる。
月の光も墓石を撫でる。
 
「総司、総司」と
繰り返す。
 
ゆっくり立った。墓の前。
女はゆっくり、名残惜しげに立ち。
天を仰いで、眼を閉じた。
其れから。其の侭。
 
「総司、総司」と
繰り返す。
 
もう其の声も聞こえない。
天の星は幾つも瞬き。
月には兎の餅搗く姿。
煌めく光の中で女だけが。
動かない。
 
 
「けほり」と一つ。
咳を零した。
 

『女と墓石』

 
(参考詩:草野心平「河童と蛙」)


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