果ての月

□赤毛の少女と、図書室にて。
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「こんにちは。」
 
 椅子に座って本を読んでいる少女が言った。
 赤毛の少女は、辺りを見回すが、自分とその少女以外はいない。
 
「もしかして、私に言ってるの。」
「貴女が、リリー・エバンスなのだとしたら、ね。」
 
 少女は、本から眼を上げずに答えた。
 
「確かに私はリリー・エバンスだけど。」
「そう。」
 
 リリーは不審そうに、少女を見遣った。
 黒い髪はひっつめのように後ろで一つのお団子。
 地味な眼鏡。
 この少女に、見覚えはない、と思う。
 
「貴女は誰。」
「私が誰かは、重要ではないわ。」
 
 少女の返答には取りつく島もない。
 
「立っていないで、お掛けになったら。」
 
 そう言って、手だけで向かいの席を指し示す少女。
 別に従う必要はないが、抗う必要もないので、リリーは大人しく少女の向かいに腰掛けた。
 
「今、貴女はセブルスと、仲違いをしているのでしょう。」
 
 少女の言葉に、リリーは眼を瞠る。
 
「セブルスを知っているの。」
「えぇ。」
 
 少女は本の頁を捲った。
 
「早く、仲直りなさいな。」
「えっ。」
「切っ掛けは些細なことでも、早くしないと手遅れになるわ。」
 
 先程から少女の言葉は淡々としている。
 リリーは、手を握り締めた。
 
「彼が悪いのだもの。」
「どう、悪いの。」
「皆の前で私の出生を侮辱したわ。許せない。」
 
 少女の態度は、聞いているのか疑いたくなるようなもの。
 
「『穢れた血』と言ったのよ。」
「そう。」
「『そう』って…。」
 
 少女のあまりの返答に、リリーは押し黙った。
 沈黙が二人の間を支配した。
 時折、少女の頁を捲る音だけがした。
 
「貴女、まるで純血主義者のようね。」
 
 沈黙を破ったのは少女の方だった。
 
「えっ。」
 
 リリーが聞き返せば、少女は静かに本を閉じた。
 そして、リリーの緑の瞳をじっと見て、再び口を開く。
 
「純血だの混血だの穢れた血だのと、そんなことに左右されるなんて、純血主義者達と同じだわ。」
 
 少女の瞳は、その髪同様に黒かった。
 
「私は、純血主義者じゃないわ。」
「そうでしょうね、でも純血主義者達と変わりはないわ。」
「違うっ。」
 
 此処が図書室だということも忘れて、リリーは大きな声を出した。
 そんなリリーに少女は小さく息を吐き、立ち上がる。
 
「後悔することになるわよ。」
 
 そして、リリーに背を向け、本棚に本を締まった。
 
「人間は可哀想ね。」
 
 それは、まるで独り言。
 
「貴女だって、人間でしょう。」
 
 そう言ったリリーを一瞥し、少女は立ち去った。
 小さな呟きを残して。
 
「さぁ。」
 


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