short&finished

□『そして今日も世界は』
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「良い歌ね。」
「え。」
 
 絵を描く彼女と、同室で仕事をしていれば、不意に彼女が口を開いた。
 
「『歌』って、何のこと?」
 
 今、ディーヴァの歌は聞こえていない。
 
「今、口遊んでいたでしょう。」
「…アタシ?」
 
 彼女は、コクリと頷いた。
 どうやら、無意識に、だったようだ。
 
「良い歌だったわ。」
「アタシ、何を歌ってたのかしら。」
 
 首を傾げれば、彼女も首を傾げた。
 しかし、自分では、気付かぬうちに歌っていた訳で。
 何を歌っていたのか、皆目見当も付かない。
 
「どんな歌だった?」
「異国の言葉だったわ。」
 
 異国、と言われても、一体何処の国か。
 生憎、長いこと生きているので、随分と色々な国を知ってしまっている。
 
「素敵な歌詞があったの。」
 
 瞬いてみせれば、彼女は、一度、ゆっくりと呼吸をして、改めて口を開いた。
 
「『生まれ落ちたときから
  人間だと思うな
  ちゃんと生きて、
  ヒトは人になれるもの』」
 
 メロディには乗せずに、詩を朗読するように、歌詞を声に出す。
 歌いはしない。
 楽器も弾けるし、作曲も出来るし、楽譜も起こせる。
 芸術に秀でた彼女の、唯一の弱点。
 
(自分で歌うと、とても音痴。)
 
 其の歌詞から、歌を思い浮かべる。
 そうして、思い出した歌を音にすれば、彼女はそれだとばかりに頷いた。
 
「とても、素敵。
 ネイサンの歌声も、素敵よ。」
「あらっ、ありがとう。」
 
 ふふっ、と笑ってみせる。
 やっぱり、彼女に褒められるのは、嬉しい。
 其れにしても。
 
(何処の国の言葉と歌だったか。)
 
 また、首を傾げた。
 
「ネイサン。」
「ん、なぁに。」
「何という、歌なの。」
「えぇ、っと確か…」 
 
 記憶を巡らして、思い出す。
 此の歌は。
 
「『そして今日も世界は』」
 
 世界は争いを止められずに回り続ける。
 人間の世界も翼手の世界も、同じこと。
 今の、平穏で幸せな日々は、小休止。
 小休止の中で、彼女と出会った。
 空の果てから降り注ぐ、光のような。
 廃墟に揺れる、花のような。
 そんな、彼女。
 平和を祈ろう、彼女との日々が長く続けられるように。
 光が、途切れることのないように。
 花が、踏まれることのないように。
 小休止の侭、世界が回り続けよ、と。
 
(愛しい彼女との世界よ。)
 
 
BGM:Maes Hughes『そして今日も世界は』
  CV by Keji Fujiwara
 


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