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□art9-2
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「あ」
 
 また、彼女に会った。
 もう何度目になるのだろうか。
 可笑しな人間だと思う。
 でも、悪い人間ではない、と思う。
 
「こんばんは。」
 
 挨拶をすれば、ゆっくりと彼女はアタイを見た。
 
「今晩は。」
 
 挨拶を返してくれたことが嬉しくて、アタイは彼女の隣に腰掛けた。
 
(口数は少ないが、彼女はちゃんと返事なり返事と同等の行動はしてくれる。)
 
「今夜は何してんの。」
 
 雲に覆われた空を見詰める彼女に問い掛けた。
 何時も同じ屋根の上で。
 彼女は、空を見上げていたり、街を見ていたり。
 
「今夜は」
 
 共通するのは、彼女は受け身でいる、ということ位で。
 
「雲を、見ていたの。」
「雲なんて見て、楽しいのかい?」
「雲も、一時も其の侭では無くて、一瞬一瞬、其の姿を変える、から。」
 
 彼女が、何かをしているというよりは。
 世界に在る様々なものが、彼女に何かを語り掛けているようにも見える。
 
「ふぅん。」
 
 彼女を真似て、雲を見詰めてみた。
 そうすると、ポタリと冷たいものが頬に当たった。
 
「雨。」
 
 彼女が呟いた。
 アタイは慌てて立ち上がる。
 彼女が、不思議そうにアタイを見上げた。
 
「大変、ずぶ濡れになって帰ったりしたら、二人に怒られちゃうよ。」
 
 苦笑して言えば、頷かれた。
 
「またね。
 あんたも、ずぶ濡れにならないうちに家に入んなよ。」
 
 手を振れば、彼女は静かに手を挙げてくれた。
 その行動に満足して、彼女に背を向けて走り出した。
 雨脚は徐々に強くなる。
 途中、一度だけ振り向いた。
 彼女は、未だそこに座っていた。
 きっと、雨に濡れるつもりなのだろう、と思った。
 
(雨も又、彼女に語り掛ける存在。)
 


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