artistic
□art9-7
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彼女の名前は、結局決まらない。
でも、それは、意外と名前は無くても困らないものなのだと実感させられるだけで。
(二人きりだと、そういうものなのだろう。)
だから、二人称は「あんた」のまま。
彼女は、その呼び方に対して、嫌そうな素振りも見せないので、まぁ良いのだ。
そうして、何度かの夜を彼女と過ごした。
小夜達は心配してくれた。
仲間を失ったアタイを。
最後のシフになってしまったアタイを。
そんなアタイが一人で、小夜達に言わせればフラフラと、何処かへ出掛けて行くことを。
だから。
だからこそ、彼女と過ごす時間は貴重だった。
(そもそも、心置きなく外に出られるのは、太陽の光が無いときだけなのだし。)
彼女は、アタイが太陽の光に当たれば死んでしまうだとか、シフとしての仲間を全員失ったとか、最後のシフだとか、そんなことは知らない。
いいや、知らない、という表現は正しくないのだろう。
彼女はきっと知っている。
あのとき、二人が死んだ日の夜に、彼女は「知っている」と言っていた。
彼女はきっと全部知っている。
でも、彼女はそのことに触れない。
(多分、『置いてきた』中に、アタイ達に関して知っている部分も含まれているのだろう。)
知らない振りをするでなく、ただ彼女は彼女のまま。
彼女と過ごす時は、気楽だった。
その夜も、彼女と過ごしていた。
彼女は、夜や月や星のことや、色んなことを知っていた。
相変わらず自分からは、話さないけれど、それでも訊けば答えてくれる。
その夜は、星座の話を聞いていた。
微かに吹き続けていた風が、止まった。
夜の静寂が、破られていくのを、察知した。
翼手。
慌てて、アタイは立ち上がった。
咆哮が聞こえる。
周りを見回す。
いた。
すぐ近くに、二匹。
眼が、合った。
小夜を呼びに行く時間は無い。
逃げる?
駄目だ、彼女を置いていけない。
彼女と一緒に逃げられるかどうかはわからない。
(屋根伝いに逃げるなんて芸当、彼女に出来るかわからない。)
戦う?
彼女を守って、戦えるか。
出来る出来ないじゃない、やらなきゃ。
翼手が、同じ屋根の上に来た。
ほんの、数メートルを経て、対峙。
(彼女を、背に庇って。)