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□art9-8
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 二匹の翼手は、一歩一歩近付いてくる。
 後ろで、空気が動いた。
 驚いて振り向けば、彼女が立ち上がっていた。
 
「あんたは下がってて。」
 
 アタイの言葉に彼女は首を横に振った。
 
「あんたじゃこいつらに敵う訳ないんだ。」
 
 彼女は、じっと、その赤い瞳で、アタイの向こうを見詰めていた。
 
「え…」
 
 彼女の視線の先には、そう、翼手。 
 彼女はアタイの肩に手を置いて、アタイの前に出た。
 
「ちょっと」
 
 アタイの言葉を制するかのように、アタイの前に手を出した。
 また、風が吹き出した。
 白い袖が、白い裾が、白い髪が、揺れた。
 夜の黒の中に、彼女の白。
 翼手が、彼女を見て、咆哮を上げる。
 我に帰ったアタイは、彼女を引き戻そうとした。
 
「駄目よ。」
 
 彼女が言った。
 アタイに向けて、じゃない。
 翼手に向けて。
 
「駄目よ。」
 
 もう一度言った。
 翼手の咆哮が止んで、唸り声に変わる。
 
「そう、駄目よ。
 良い子ね。」
 
 彼女が一歩踏み出した。
 踏み出して、其の侭、どんどん翼手達に近付いていく。
 止めるべきはずなのに。
 止めるべき理由が、見つからない。
 翼手が、唸るのを止め、本当に翼手が疑いたくなる程、大人しくなる。
 
「帰りなさい。
 貴方達の、主の元に。」
 
 彼女が、両手を伸ばして。
 二匹の翼手に触れた。
 
「貴方達の主は、そんなことを、望んでいないわ。」
 
 愛しいものに触れるように、彼女は翼手を撫でた。
 アタイは、それをただ、呆然と見ているだけ。
 
「さぁ、行って。」
 
 彼女が手を離して、そう告げると。
 翼手はゆっくりと、彼女に背を向け、去って行った。
 
(あいつらに、理性なんてあるはずないのに。)
 
 彼女は、去りゆく後姿を、ただ見詰めていた。
 風に、白が揺れていた。
 
(その中で、彼女の足首の赤い石が、小さく光を放った。)
 


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