artistic

□art9-9
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「なぁ、名前なんだけどさ。」
 
 翼手と遭遇して数日。
 雨が止み、しっとりと濡れた屋根。
 それを気にすることなく、いつものように彼女は座っていた。
 アタイの呼び掛けに、彼女は顔を上げた。
 
「あんたの名前。」
 
 ゆっくりと瞬く赤。
 促すようなそれに、一つ息を吸って。
 
「考えたんだ。」
 
 吐き出すように続けた。
 少し、緊張している。
 
「そう。」
 
 応えた彼女の眼が、ほんの少しだけ和らいだ気がする。
 
(優しく、促すように。)
 
 もう一度、深呼吸をして、口を開いた。
 
「ガーネット。」
 
 アタイの言葉に、彼女は、眼を丸くして動きを止めた。
 
「その足首の石、ガーネットかなって。」
 
 ジュリアや真央に赤い石について訊いてみた。
 ルビーとか、レッド何とかとか教えてもらった中で、何となくガーネットが合う気がした。
 
「何ていうか、印象的だなって思ったから。」
 
 真っ白な彼女の中で、彼女の瞳と足首の飾りだけが、色を放っていて。
 
「だから、あんたの名前にどう?」
 
 問い掛ければ、彼女はゆっくりと視線を落とした。
 自分の足元、ガーネットの飾りに。
 そして。
 
「えっ…お、おい。」
 
 赤い瞳から、涙を落ちた。
 
「ご、ごめん、泣く程嫌だった?」
 
 アタイの問いに、彼女は、彼女にしては、速い動きで首を横に振った。
 
「…大丈夫かい…?」
 
 そっと、手を伸ばして、彼女の肩に触れる。
 
「…全部、置いてきた、つもりだったのに…」
 
 彼女は微かな声で呟くように言った。
 
「家族も、友も、名前も…大切なものは、全部置いてきたつもりだった。」
 
 白い手が、赤い石に触れた。
 
「置いてきたつもりだったのに、こんな間近に、残っていたなんて。」
 
 白に揺らされ、赤が揺れる。
 
「自分の一部に成り過ぎていて、気付かなかった。」
 
 彼女の白い服に、ぽたりと涙が落ちた。
 
「もう、全部、私の一部に成ってしまっていたのね。」
 
 微かに、微かに、彼女が微笑んだような気がした。
 
(何処か安心する様な、暖かな笑み。)
 


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