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□第2章〈前〉
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〈序の話。〉
 
「おじゃましまぁす。」
 
 何時もの様に、形だけの言葉を述べ、彼女の家に入り込む。
 只今の時刻午後二時半。
 廊下を進み、階段を上り、彼女の元へ。
 もう、此の侵入も進行も、手慣れたもので。
 扉を開けば、常通り、逆光の中に、彼女の姿。
 
(相変わらずの、飽きることない、美しさで。)
 
 そっと近付き、一度だけ、彼女の肩を軽く叩いた。
 スケッチをしていた彼女の手が、少し不自然に止まる。
 其れを見留めてから、再度、今度は名前を呼びながら、数回叩く。
 
「ガーネット。」
 
 優しく、声を掛ければ、ゆっくりと振り返る彼女。
 赤い瞳に、見詰められ。
 
「ネイサン。」
 
 鈴を転がすような声で名前を呼ばれ、何だか嬉しくなる。
 
(まるで、名前を付けられたばかりの、捨て犬の様。)
 
「こんにちは、ガーネット。」
 
 すると、小さく頷かれる。
 にこっ、と笑ってから、手近な椅子を引き寄せた。
 
(最初の二週間中、愛用していたものではなく、背凭れ付きの、高さも自分にあった椅子だ。)
 
「調子はどう?」
「…可もなく不可もなく、かしら。」
「そう。」
 
 此方が座れば、彼女も向きを合わせてくれる。
 正面から見詰めれば、其の赤い瞳と、眼が合った。
 
「今日は、美味しいお菓子を持ってきたのよ。」
「そう。」
「あと、新しい紅茶葉も。無くなりかけてたから。」
 
 小さく、何度か、頷かれた。
 無愛想な様だが、別に彼女にそんな気はちっともないらしい。
 
 殆ど毎日、こうして訪ねて。
 彼女は、嫌な顔一つせずに、自分を迎えてくれる。
 馬鹿みたいだけれど、一目惚れした自分にとっては、毎日顔を見られるだけでも幸せで。
 そして。
 
「それじゃあ、お茶にしましょ。」
 
 毎日のお茶の時間は、何よりの、楽しみで。
 
(さぁ、リビングへ。)
 

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