朝8時。
私の仕事はこの時間から始まる。
毎日12時間の労働時間。
しかし、暇な時間が多いので12時間と言ってよいのか。
「久しぶりマスター。」
チリンチリンと扉の開く音。
今日最初のお客様は度々来て下さるナオヤ様。
『久しぶりですね。今日は何を?』
磨いていたグラスを棚に戻しカップを取り出した。
「ん〜じゃあエスプレッソで」
彼は、そう言うと7つあるカウンターの椅子の真ん中に座った。
『了解しました』
と言うと私はコーヒーの豆を掴みミルミキサーへ。
「久しぶりにこの雰囲気落ち着くなぁ」
と彼は店の中を見渡した。
ミルミキサーの音が店中に鳴り響く。
『ありがとうございます』
そう言いながらも私はミルミキサーを回し続ける。
「マスター変わらないなぁ」
と彼は頬杖をついて私の方を見た。
『2ヶ月で変わってどうするんですか』
とクスクスと笑いながら言えば彼は
「確かに」
と笑った。
『切る髪もありませんし、そういえばナオヤ様は切ったんですね。髪』
私が自分の頭を撫でて言うと彼はニッコリ笑った。
そして彼は彼自身の髪の襟足を軽くつまんだ。
「お。気付いた」
『そりゃ気付きますよ。』
そう言ってひきおえたコーヒー豆をフィルターに移し、ドリッパーにセットし、コーヒー豆を平らになるようにまんべんなく入れた。そして、お湯をセットした粉の中央部から周りへとクルクルと渦をまいて行くように注いでいく。それを数回繰り返し、最後の注湯ではコーヒードリッパーからお湯が無くなる前にドリッパーを外した。無駄な雑味まで抽出しないようにするには必要な事。そしてあらかじめ温めておいたカップに注ぎお客様へ。
「ありがと」
お客様はニッコリと微笑みそう言った。
『ミルクとシュガーはそこにありますので』
とカウンターを指差すと彼は
「今日はブラックで飲むよ」
と言った。確か今までは両方入れていたと記憶していたが違ったようだ。
「最近ブラックで飲んでるんだ」
と彼は一口珈琲を飲んだ。そして
「やっぱりマスターの入れるエスプレッソが1番だ」
と笑顔で言った。
『ありがとうございます』
何度言われても嬉しいものなので、笑顔でそう答える。
グラスを手にとり磨き始め、ふと彼を見るとカップの中の珈琲を見つめ、ため息をついた。
『どうかされたんですか?』
おせっかいかもしれないが、こういった職業柄無視する事もできない。
「たいしたことじゃないんだけどさ」
と苦笑混じりで彼は答えた。
『それは聞いても?』
と聞くと、彼はニッコリと笑って
「本当につまらない事だよ。言うって難しいなって思ってさ」
と言った。
『言葉…という事ですか?』
と聞くと彼は苦笑混じりに頷いた。
『そうですね。心に口で‘言’と言う字になりますからね。口のせいで心を痛めてしまう事もあるでしょうし、口のおかげで心を癒せる事もあるでしょうし』
そう言うと彼はニッコリ笑って
「そうだね」
と言った。
そして
「マスターに話してよかったよ。なんか自分の中の靄(もや)が解消されるよ」
と言って、珈琲をゆっくり飲み干し立ちあがった。
「ありがとうマスター。また来るよ」
と言って彼は代金を机に起き店を後にした。
『ありがとうございました。またのご来店お待ちしてます』

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ