610短編

□06
1ページ/2ページ

 
「…なあゼロス」
「んう?」
ロイドは包丁で野菜を刻む手を止め、振り向いた。
軽快なまな板を叩く音が止みなんとなく落ち着かなくなる。
今日はロイドが料理を担当する日だ。
別に俺が毎日やっても良かったのだが(むしろその方が食材が自由に使えて楽なのだが)ロイドにあっさり却下された。
二人で暮らすことを決めたのは、一体何年前のことだっただろう。
確か…仲間の中で一番寿命が近かったであろうリーガルがまだ生きていた頃。
リーガルが寿命を迎え、しいなが寿命を迎え、時の止まったプレセアちゃんも無事に寿命を迎え、今この時生きているのは天使の俺とコレット。半分天使のロイド。そしてハーフエルフのリフィル先生とジーニアスだ。
…そうだ。コレットと言っても腹黒コレットはもういない。
それくらいに時間が経っていた。
でも、俺の年齢はまだ折り返しにすら到達していないのだろう。
天使には寿命なんてないのか。まだわからない。
そんな風に思考を巡らしている時だったから、次のロイドの言葉には一瞬息が詰まった。
「俺はいつ死ぬのかな」
…死。
死はきっと平等に全ての生き物に与えられる。
天使は無機生命体だから生き物かどうかはわからないが、寿命は無くとも死が無いわけではないのだし。
でももうとっくに身近なものでは無くなっていた。
「突然どうしたんだよ、ロイドくん」
「俺は…父さんが天使だ。だから今もこうして生きている。でも半分は人間なんだよ。だから…」
ロイドくんは年を取っている。確実に。
天使として覚醒してからは確かにペースが落ちたが…それでも既に彼の見た目は中年にまでなっている。
時の完璧に止まった俺やコレットとは対象的に。
今日の今日まで、それに触れることはなかった。一人老いていくロイドだが、ジーニアスやリフィル先生に比べたらまだ遅かったし。周りがどんどん寿命を迎えていく中では別段違和感もなかった。麻痺…というやつだろう。
けどロイドがそれに対してどう思っていたのかは…正直わからない。
「ロイドは、嫌なのか?一人だけ年を取るのが…」
おずおずと口に出した言葉。ロイドはゆっくりと首を振った。
「ゼロスが気にしないでいてくれるから、俺も気にしていない。そうじゃなくてさ」
彼は言葉選びに不器用だ。百年以上時を経た今でもそれは変わらない。真っ直ぐ気持ちを伝える言葉はいくらでも出てくるのに、誰かを気遣おうとした時はそうもいかない。
そんな不器用さも俺はとっくに慣れてしまっていたが、動揺している今は少しもどかしかった。
「ゼロス」
「なんだよ…」
「俺はお前より早く死ぬ」

そんなの、当たり前だ。
ロイドは年を取っている。
即ち寿命があるということだ。
それなのに俺はみっともなく狼狽えた。
「な、何言ってんだよロイド。お前言っただろ、半分天使だって。だから」
「半分だけ、な」
「いやでも」
「でもゼロスの半分も生きられないはずだ」
「…ふ」
ふざけるな。
そう、怒鳴りたかった。
勝手なこと言うな。決めつけるな。
そう、喚きたかった。
でも口から零れたのは。
「ふ、二人で一緒に死のう。な?そんな、俺を置いていくなんてことしないよな?そうだろ?」
そんなどこまでも情けない台詞。
「ダメだ」
これも当たり前の答え。
「なんでだよ!」
今度こそ叫ぶ。
でも、ロイドはどこか淋しそうに微笑むだけ。
「自殺だけは絶対にダメだ。許さない」
「ならロイドくんが殺してくれよ、死ぬ前に。そろそろかなって頃に。俺きちんと待ってるから」
「それもダメだ」
「どうして!」
「生きられる命を故意に奪うのは良くない」
なら。
ならロイドは。
「俺に…一人きりで何千年も生きろって言うのかよ…!」
ロイドが死んだ後の世界。
もう、誰かが料理を作ってくれたりはしない。
食材を勝手に使って怒る人もいない。
毎日家に一人ぼっち。やっと手に入れた安息の場所が、孤独な牢獄に変わる。
嫌だ。
絶対に嫌だ。
ロイドはまたまな板に向かい、俺に背を向けた。
「だから、ゼロスは俺以外の人間と幸せになればいい」
「…それ、本気で言ってるのか?」
「コレットならずっと一緒にいられるだろ。俺考えてたんだ。今日を、最後の日にしようって」
「おいロイド」
「だからこれが最後の俺が振る舞う手料理だ。思いっきり豪勢なのを作るから期待しててくれ。食べ終わったら…出て行くから。もう荷造りもしてある」
「それ本気で言ってるのかって聞いてるんだよ!」
ロイドの肩を引っ付かんで振り向かせる。
ロイドの表情はとても穏やかだった。何かを悟ったかのような、優しい目。
「本気さ。俺は…お前とずっと一緒にはいられないんだから」
リーガルが死んだ時。
しいなが死んだ時。
プレセアが死んだ時。
俺が悲しみを乗り越えられたのは、傍にロイドがいてくれたからだ。
隣に大切な人がいてくれる。それだけでも、幸せだと思えた。
例え永遠なんて無くたってそれはきっと永遠なのだと信じたかった。
それが。それを。
ロイドは。
「…ちくしょう…」
俺は膝を付く。目頭が熱い。
馬鹿みたいだった。
永遠を信じていた俺も。
永遠を信じてくれなかったロイドも。
永遠を諦めたロイドが。
永遠でないならせめて出来るだけ傍に、とすら言えない俺が。
俺が…。馬鹿みたいだった。
馬鹿だった。
「泣くなよゼロス。仕方無いじゃないか」
「…っ…く……ぐ…」
「寿命の違いはいつだってとても悲しい。でも、それを乗り越えられないゼロスじゃないだろ?」
「そ…れはっ……」
「今日を目一杯楽しもう。な?ゼロス」
「…………」
「愛してる」
 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ