桜色小町
□桜の焦がれ
1ページ/3ページ
遊郭、香屋。
間もなく夜の営業が始まる時刻となった。天神、恭華こと恵の顔には笑みが零れていた。
「姐さん、最近よう笑うてはりますけど…ええことでもあったんどすか?」
一人の禿が、恵の傍に寄ってくる。歳は十に近くなったといえ、まだあどけなさが残る禿だ。
恵は禿の頬に手を添えて、そっとさすった。
「秘密や」
「…秘密、なんどすか?いけずどすわぁ。うちにさえ教えられへんことなんどすか?」
禿は問い詰めるように恵に迫る。少し膨らませた頬が、とても愛らしい。恵は妹を見るような瞳で、禿を見つめた。
「誰にも…言えへんのよ…。あのお人との…約束や」
(弘之介はんが…うちを必ず身請けしてくださる言う…)
恵の秘密を守りきる態度に、禿は少しだけ腹を立てたのか、はたまた悔しいのか、瞳には涙が浮かんでいた。
「もうよろしおす!うち…姐さんに信じてもろてないんやわ!うわあああん!!」
禿はなんと、その場で泣き出してしまった。大きい勘違いの下で。
「糸尾!そんなことあらへん!もう…阿呆が…っ。堪忍なぁ…」
恵はその禿の糸尾を抱きしめた。
(でも…身請けなんて大事な話は迂闊に話せへんわぁ…ほんまにほんまに堪忍やわぁ…糸尾)
恵は未だ泣く糸尾を抱きしめながら、天を仰ぐ。
ーーうち、弘之介はんを信じててええんよね…?