銀魂夢小説8(全部高杉)

□無
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セミの生き方を儚いと言うのは無礼な事かもしれない。
地上に出てから一週間、短い期間を休む事無く必死に歌い続ける。
しかも愛の歌だ、愛。



好きだ好きだ、僕はここにいる、愛してる愛してる。



そんな歌を歌い続けて、子孫を残して死んでいく。
彼らにあるのは愛だけなんじゃないか?
そう思ったらあのクソうるさい鳴き声も許せそうな気がしてくる。
耳をつんざくような大合唱の中にあるものを考えると、何となく。
背中を押されてる、そんな気分…だったのに。





「高杉先輩、好きです」

「…悪ぃ」



ジージーと耳にこだまするセミの声と、高杉先輩の短い否定。
あーやっちゃったな、と私は思うのだ。
汗が伝ってくる首筋をそのままに俯き。もうどうしていいか分からない。
私は2年、高杉晋助先輩は3年生で、共に陸上部。
すでに部活は引退していたが、今日は後輩に差し入れを持ってきてくれた。
一通り後輩の部活を見てから帰ろうとする先輩を呼び止めて、今の告白と玉砕に続く。
卒業前に(そして夏という色々イベントがある時期に)と思って勇気を出したのが間違いだったか。
終わったな、色々と。



「けどおめぇの事はこれからも、後輩だと思っ…」

「高杉先輩、そういうの余計辛いんで」

「…」


勤めて明るく振舞おうとする私は滑稽だろうか。
そう考えたらこだまするセミの鳴き声がすべて私を馬鹿にしているように聞こえてくるから不思議だ。
何が愛の歌だよ、乙女でもないくせに。私って頭の痛い子ですかー。



それじゃ、と短い声と笑顔で高杉先輩に背を向けると。
相手は相手で「あぁ」と言葉を返してきた。
歩き出した私に聞こえてくるのは耳が痛いくらいのセミの声。
まだまだ夏ですか、そうですか…はぁ…ため息。


もしもこの告白が成功していたら、私はクソうるさいセミの大合唱を大いに賞賛するだろう。
万歳恋愛、好き好き大好きチャイコフスキーと小躍りして高杉先輩に抱きついていたさ。
だけど結果は散々だ。
取り戻せない過去は今から失恋と名前を変えて、しばらくはふさぎこむ毎日が手に取るように分かる。
たまったもんじゃない。
そう思うと、この歌が耳障りでならなくなるから、人間ってのは理不尽だ。



愛してる愛してるって、声の限りに叫んでわめき散らして。
上手くいかずに死んでいく奴も、中には居るんだろう。



そうか、なんだ、むかつくのは彼らが今の私みたいだからか。
ずっとずっと好きだったんだ。
別に陸上なんてどうでも良かったんだ。私はただ、高杉晋助の事が好きだっただけだ。
遠くから愛してるって歌を歌っても、私も先輩も人間だから。
その間には言葉がないと何一つ通じはしない。
それだけの違いなのに、それだけが酷く大きい。




セミの声が痛い。苦しい、切ない、悲しい、辛い。




愛してる、じゃなくて。「僕を愛して」って聞こえてくるんだ。
「高杉先輩、私を好きになってください」と。
そんな風に今更でも言ってしまいたくなる自分の泣き声と、セミたちの鳴き声が共鳴する。



通り過ぎる木の幹から、一匹のセミが「ジ…」と断末魔をあげて滑り落ちてきて。
そいつは私の目の前で、背中を地面に打ち付け、腹を上にしたまま動かなくなった。



「なんだ、君も失恋?」



見上げた空は青く、雲はどこまでも白かった。
高すぎるほど高い空に浮かぶ太陽は、殺人的なまでに容赦なく肌を焼く。
遠くなる空は秋を連想させるのに。
未だ衰えない気温は夏を手放したくないと言っているようだ。


私の心みたい。
無理だと分かっているのに、それを上手に認められない。
けれどもも季節は少しずつ確実に移り変わっていく。
いつしかきっと、セミの声もなくなって…気付いたら、たぶん。
私はまた別の誰かを好きになるのだろう。




この夏が、終わって。
この恋が、終わって。



「高杉先輩へ愛を歌った私」は、リセットされて無に返る。
例えるなら、目の前のセミの亡骸のように。



でも、そう考えたら、やっぱり。
セミの生き方を儚いと言うのは無礼な事かもしれない。
私の恋は実らなかったけれど、だからって無駄ではなかったはずだ。



彼らが愛の歌を歌うように。私も高杉先輩に愛を歌った。
通じはしなかったけど、これは無駄にはならなくて。
いつか笑って話せる時が来て…だから。



この涙も、死んだセミも。
悲しいことではあるけれど、決して無駄じゃないんだ、とそう思えば。
きっとまた笑える日が…彼らだってきっとまた叫べる時が、夏が。




再び来ると、信じて。







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