銀魂夢小説8(全部高杉)

□優しい味
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朝、いつものように自作の弁当を持ちバスに乗り込んで、私は座席を探した。
通学に使っているこのバスは普段、さほど混んではいない。
だけど今日はそれなりに人数が多かった。


なんというか、立っている人は居ないが座席は一杯状態。
「困ったな…」と心の中で呟いても、バスは出発してしまう。
一瞬よろけつつ、つり革につかまる。
「つ…」と小さくと息を吐くのと同時に、痛む右足。


先日、体育の授業で右足首を捻挫してしまったのだ。
おかげさまで今、片方はローファー片方はサンダルというちぐはぐな足元。
いつもなら簡単に座れるものの、今日はそうも行かないらしい。
座席に座る皆々は、私から目をそらし気付かぬフリを決め込んでいる。


まぁ世の中ってこんなもんだよね。


仕方ない、今時勇気を持って「どうぞ」と席を譲れる人は少ない。
譲ったとしても「おかまいなく」と逆に相手に気を使わせてしまったりしてさ。
だったら知らぬ存ぜぬの方が良い。
もしも私が彼らの立場だったら、同じ行動を取っただろう。
私だって所詮その程度、そりゃ松葉杖を付いていたら話は別かもしれないけど。
でも…「誰かが譲れば良いのに」とか思ってしまうな。



そんなことを考えながらバスに揺られる事数分。
「おい、こっち座れよ」と、かなりぶっきらぼうではあるが優しい言葉が聞こえてきた。
痛む右足を庇って立っていた私、実はちょっと辛かった頃合い。
ラッキーと思いつつ「ありがとうございます」と、声のほうを振り返って…固まった。



こいつ、高杉晋助じゃん。



もしも私の住む町が都会と呼ばれる場所なら。
こんな男などざらに居て、恐怖も何も感じないだろう。
しかしココは田舎、不良という存在は町の隅々にまで行きわたる噂の種。
私に声をかけてきた高杉晋助という男もまた、そうだった。


悪事の限り、と言っても…場所が場所だけに可愛いものだが。
町の祭りをぶち壊したり、所かまわず花火を打ち上げたり…。
中学のガラスを全部割ったとか、喧嘩が耐えないとか、とにかく。
そういう噂の行き着く先には必ずこの男、高杉が存在していた。


幸い私は年齢こそ同じ(らしい)が別の学校だったので、普段会う事はなかったが。
何せ狭い町、時折町に一軒しかない本屋に出かければ。
店の前で高杉が気だるそうにヤンキー座りでタバコを吸っている姿に出くわした。
良くも悪くも目に付くし、噂は浸透しきっているので、存在と名前と年恰好くらい私も知っている。


誰もそれをとがめる事など出来ず、確たる証拠も無い噂が発端なため、警察が動くわけもなく。
ただこの男は町の厄介者として煙たがられていた。
そんな、奴が。



「どうしたァ?俺の横、空いてんぜ?」

「いや…でも、座ると余計辛くなるんで」

「んな事あるめぇよ、いいから座れや」

「…は、はい」


睨みつけるような目線に怯えて、私は言われたとおり高杉の隣に腰掛けた。
周りの乗客から「お気の毒に」と言う空気が漂ってくる。
あぁその通りだ、怖いよ。


「おめぇ…どこの高校だ?」

「え?あ…私ですか、この先のバス停の側の…」

「あぁあそこか…へぇ…何年だ?」

「あ、えっと…2年、です」

「何だ俺とタメかよ」

「あ、はぁ…いや、そうなんですか」

「なら別に敬語使わねぇでもいいぜ?同じ年なんだからよォ」



そんな気遣い、嬉しくない。
私は萎縮しまくって座席に身をちぢこませるのだが。
時々バスが揺れると隣の高杉晋助と肩がぶつかってしまい…。
その度に「殺される」と心の中で叫んだ。

何だかせわしなく話している相手だが、私の耳には何も届いちゃ居ない。
「なぁ?」とか「おい」と気さくに話しかけてくれているのかもしれないが。
正直、迷惑だ。


「あ、あの…私、次で降りますんで」

「え?あぁ…そうかい」


ついに耐えられなくなり、私はひとつ前のバス停から立つ事にした。
右足は痛むけれどそれよりもあの男の隣に座っている方が体に悪い。
そうして、「早く早く」と内心祈り…ようやく学校最寄のバス停に到着した。
この学校に行く生徒が利用する目的で立てられたバス停。
だから降りる人も、この学校の生徒しか居ない。
無論、つまり…高杉晋助がここで降りてくる事などない。


バスから降りてホッと一息、ああ…二度とこんな怖い経験はないだろう。
それから右足を引きずって学校へしばし徒歩をはじめる。
後ろでプシュっとバスのドアの閉まる音がして、私はもう一度安堵した。
学校まではそれこそ徒歩5分なのだが、いかんせん右足負傷中。
いつもよりのろのろと歩みを進めていると、「おい!!!」と後ろから声がした。
あぁ男の人の声だな、誰だろう…先生かな?



「げっ」


振り返ると、高杉晋助。そいつが物凄い勢いで走って追いかけてくる。
「お前待てよ」と言っているが、こちらには「てめぇ待てコラ、待たねぇとぶっ殺すぞ」と聞こえてくる。
死ぬ、と感じた私は火事場の何とかで右足が痛むのも忘れて走り出した。


「おい、てめぇ…ちょ!!!待てよ!!!」


叫ぶ高杉晋助の声を背中に受ける。立ち止まったら絶対、これやばい。
ひぃひぃ言いながら走るものの、やはり右足が上手く動かない。
捕まったらどうなるんだ?犯される?いや、殴られるのか?
とにかくいい答えなんて無い。



ところが案の定、私は焦って走るあまり突如前につんのめって。
盛大にズべシャーっとすっ転んだ。


「いった…」

「だから待てって言ったんだろォが!!」

「ひ…」


気付けば目の前には息を切らした高杉が、仁王立ちで私を見下ろしていた。
ヤバイ、と思うもののすぐには立ち上がれず。
おまけに膝は擦り剥けて血だらけになっている。


「まァ…気持ちは分からなくもねぇけどよ…」

「…え?」


高杉晋助はため息まじりに、私の膝に己の懐から出したハンカチをあてがった。
不良がハンカチ?と若干的外れな事を考えた私だが。
瞬時に、彼が私の傷の手当てをしてくれているのだと悟る。
思わず彼の名前が口から飛び出てきた。


「あの、たかす…」

「何だ、俺の名前知ってのか?まァ…そうか、そうだろうなァ」

「…」

「んな顔すんじゃねぇよ…って言っても無駄か」

「いえ、でも…何で」

「あぁ…これ」



高杉晋助は私の膝を手当てした後に、何かをこちらに差し出した。
というかそれは私のお弁当じゃないか。
え?と彼の顔を見上げると、相手は苦笑して答える。


「バスが出た後によ、おめぇが忘れてったこれが目に留まってよ」

「…え?」

「仕方ねぇから、バスの運転手脅して止めて…んで…ほらよ」

「あの、わざわざ…届けに?」

「あぁ…わざわざ、って訳じゃねぇけど、でも…困るだろ?」

「それで私を追いかけてきてくれたんですか?」

「あぁ…まァ、そうだな」

「…」

「悪ぃ、俺のせいだよな?」

「え?」

「俺にびびってたんだろ?だから…その、悪かったな。更に怪我までさせちまったろ?」

「いえ…その…」



私は言葉が出なかった。
目の前の、噂の高杉晋助と言う男。
捻挫をしている私にバスで席を与えてくれて、忘れた弁当を届けにわざわざバスから降りてきてくれて。
普通の身なりをしている誰かよりも、見た目は怖いけれど。
でも、それでも間違いなく優しくしてくれたというのに、私は。



「ありがとうございました」とお礼を言って、精一杯の笑顔を作る。
高杉晋助は驚いた顔をして、それから私をそっと立たせてくれた。
「じゃ」と何事も無かったかのように去ろうとする相手を、引き止める。



「あの、ハンカチ…洗って返すんで、あの…町の本屋で見かけたら…」

「あぁ…別にかまわねぇよ。そんなもん」

「でも…」

「いいって。俺になんぞ構ってたら、おめぇまで不良扱いされちまうぜ?」




自嘲気味に笑って歩き出す背中が寂しそうに見えた。
あぁ世の中って、そんなもの。
見た目だけで噂だけで、何もかも判断してしまいがち。
だけど今日、私に優しくしてくれたのは…紛れも無く、彼だった。
去っていく背中に、私は…高杉晋助が言ったように。何も臆する事無くタメ口で告げる。



「高杉君、明日絶対本屋さんに来て!!」

「…あ?」

「だから、絶対来て!!分かった?お願い、待ってて。ハンカチ返しに行くから、絶対!!約束して!!」

「クク…」



「あぁ」と、肯定とも否定とも取れるように一言だけ残して言った彼。
私の手の中には届けてもらったお弁当と、借り物のハンカチ。








今日家に帰ったら、ハンカチを手洗いしよう。
そう心に決めた昼休み。
開いたお弁当の中身は、彼が走って持ってきたからか…ぐちゃぐちゃだったけど。



自作とはいえ、とても優しい味がした。








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