銀魂夢小説6(大体高杉)

□この、醜くも美しい世界で
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鬼兵隊が解散したのは、夜桜の綺麗な夜だった。





闇夜に浮かぶ桜を見ながら、一人お酒を飲んでいる晋助の背中は悲しそうだった。
声をかけるべきかと悩んでいると、ふと彼がこちらを向く。
それから「お前か」と私を認めてコイコイと手招きをした。
彼の隣に座りながらただ黙って散っていく桜を見る。
くっとお酒を喉に流し込みながら彼はぽつりと呟いた。
「まるで人の命が散っていくみてぇだ」と。それから珍しく弁舌に話し出す。




「昔俺に語った人が居るんだ…人は愚かだと。だが愚かなだけじゃねぇ、とも。
その人にな…強くなれと言われ、俺はひたすら力を求めた。
だけど今思えばそいつは「力」ではなく「心」の強さだったのかもしれねぇ」



私は語り出した彼の手をそっと握る。
相手はこちらを見ずに…だけど私の手を握り返して再び語り出す。


「だが俺は力だけに依存した…暗闇は未だ晴れねぇ。
本当の強さって何だろうな?圧倒的な力のそれだけじゃねぇってその人は言ったんだ。
守る強さ…孤独から得る強さ。だが…そんなものってあるのか?弱い者はさらに弱い者を叩く。
それが人間の愚かさだろ?弱い者を助ける強い者がいる。それが本当の強さ、正義だとでも言うのか?」



ガキだったんだろうな、と当時の自分を責めるような口ぶりで。
晋助は苦笑を漏らす。
ハラハラと散っていくうす桃色の花びらが、彼の髪の毛をゆるりと撫でた。



「くだらねぇ事を考えていたのさ…柄にも無く、古い記憶の語り部を思い出していたんだ。
もう俺にその本当の意味を知らせてくれる人は居ねぇ。語り部は死んだんだ。
今の俺は自分に依存する以外に出来ることはねぇ…他人に依存するなど考えられねぇ」



それどころか、と接続詞を吐いて再び酒をあおる。
コクリと小さく彼の喉が鳴るのを私はただじっと見つめていた。
ふうっとため息、そしてまた静かに声を響かせる。



「他人を大切に思う心など、俺にはわからねぇ。
大事なのは自分の命と力…そう教えたのはあんただろう、と。
俺は死んだあの人の言葉すら捻じ曲げちまって記憶に埋めてきたんだ…ずっと。
それは昆虫の考えと同じさ、自分を慕うオスですら食い殺すメス蜘蛛のそれと同じなんだ…俺は」



そんな事は無いと否定する言葉も、今は出てこない。
言ってはいけないような気がして。




「俺は愚かな人間以下なのか?だが、それでも生きるのに不都合はねぇ。
野望を叶えるためなら悪にでも何でもなってやる…。そう想い考え従って生きてきた。
だが、俺は気づいちまったんだ。
そこまで自分を追い込んで、何をそんなに怯えてるのか?ってよ…。
弱い考えを打ち砕くように、人を切り刻んで…だけどそれが「逃げ」だと気づいたのはつい最近だ。
感情など、侍にとっては無駄なものだ。喰うか喰われるか、生きるか死ぬか…殺すか殺されるか…。
そんな状況下においてもなお、「誰かを助けたい」「守りたい」なんて感情が果たしてあるのか?
他人に構っているとてめぇが死ぬ。それで満足なのか?」



ぐっと唇を噛みしめて、私の手を更に強く握りながら。
前を見つめて晋助は話し続ける。
怒っているのかそれとも別の感情からなのか…彼の体は震えていた。




「どこかでそれを羨ましいと思う自分に気づいちまったのさ。毒づきながらも。
俺も、そうまでしてくれる誰かを欲している。否定しながらも…。
押し殺した人間の感情は、いつ俺の闇に入り込んだんだ?
獣心の構えでここまで欺いてきた俺の真の欲求は、愚かな人間のそれとどこも変わらねぇ。
気づいちまって焦ってんだ…不安と困惑と限りない空虚…。
暗闇を晴らそうと、あがいてみる俺に語り部の言葉は痛く響きやがるのさ。
その痛みから逃れるために、闇は闇のままでいいのだ、と。俺はてめぇに言い聞かせて…」



あぁきっと彼は怖いのだ、とそこでようやく気付いた。
酷く怯えているのだ…幼い子供のように身を硬くして。
自分の心や考えの、大きすぎる変化に。



「心の闇の奥深くに眠る俺の本当の感情は、結局人間として当たり前のそれだけだった。
人が人として在るべき想いってヤツだ。身近な人が死すれば悲しみ。身近な人が危険に犯されれば身を呈して助け。
身近な人が病んでいれば傍に寄り添う。
か弱く愚かな人間のそれは…どうした事か、同じくか弱き人間でしか救えねぇ」



今にも泣き出しそうな顔をして、晋助は私を見つめた。
歪んでいく顔には悲しみの色が濃く浮かんでいて。
今から言う言葉を果たして吐き出していいのかと悩んでいるようだった。
私はそっと彼の頭を自分の胸に押し当てて、優しく撫でてやる。
大丈夫だよ、と言うように。
すると彼は子供のような声で小さく…とても小さくこう言った。
「俺を救ってくれんのは…誰だ?」と。
それから肩を震わせて私の体を強く抱きしめる。





「なぁ…俺は人なのか?はたまた獣なのか?それとも本能しか存在しない昆虫と同じなのか?
人面獣心と、誰かは言った…人の皮を被った獣だと…俺を」


「晋助は、晋助だよ」


「俺は、本当に何かを求めるに値するのか?
謝罪と言う念。申し訳ないという思い…今更命を奪った者どもに届くのか?
謝りながらもこの手はなおも、次々と命を奪おうと刃を振ろうとしてるじゃねぇか。
どこかで変わりつつある自分を押さえ込んで。俺は…かつての仲間すら、この手にかけようと…」


「それでも、あんたはあんた。人間よ、私と同じ…」


「家族や親や子を想い守るために向かってくる人間を、俺はいとも簡単に肉の塊にしてきたんだ。
平凡で平和で、血にまみれる争いなど無い昼間の日常の真ん中で、俺は…俺は…」


「晋助、変わるのは何も悪いことじゃない。人間なら失敗も過ちも犯すもの、そうでしょ?」


「…」


「晋助が虫から獣に、獣から人間に変わりつつあること、それが果たして「良い」のか「悪い」のか?
そんな事まで私は分からないわ。だけどきっと…。
すべてを受け入れた時に少しだけ慈悲の心を知るんじゃないかしら?
今までの感情のかけらもない行いを少しだけ償えるのよ、それだけで…真っ直ぐに受け入れるだけで。
貴方がそうするなら、私もそうする。私は晋助と共に在る、いつでもいつまでも」


「俺…俺も、お前と在りてぇ…この世界で生きてぇ。頼む…俺の側に居てくれ…俺を救ってくれ…」



消え入りそうな声でそう言うと、晋助は私を抱きしめたまま嗚咽した。
人は変わる、望みも夢も野望も明日も…。
一度決めた道を命の終わりと定めても、時に人は変わるのだ。
この男とて…世に名を馳せたテロリスト、高杉晋助とて。
結局選んだのはこの世界に溶け込み生きていくというありふれた道。
私はそんな彼に対して、一つも軽蔑や見損なったという思いは無かった。
泣きながら私にすがりつく晋助は、まるで我が身から生まれた赤子のようで。
ただただ愛しく、彼と共に生きていこうと強く願う。






鬼兵隊が解散したのは、そんな…夜桜の綺麗な夜だった。




新しく始まって行く明日にはもう「テロリスト高杉晋助」と言う男は居ない。
鬼兵隊解散の後に残るのは、ただの男。
カリスマ性も人を惹きつける魅力も無くした抜け殻のような男。
だけど…私はそんな晋助と共にこれからも生きてく。ひっそりと罪を償いながら、助け合い寄り添って。
過去の過ちを分かち合い…負の重荷を受け止め。悲しみも苦しみも、すべてを共有し。





この、醜くも美しい世界で。







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