銀魂夢小説8(全部高杉)

□向日葵畑で会いませう
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花言葉には良いものも悪いものもある、一概に「どれが正しい」とは言えない。
ひまわりの花言葉、それは。
「憧れ」「崇拝」「熱愛」「光輝」「愛慕」「いつわりの富」「にせ金貨」。
それから、それから。


****


息が切れる、汗が滴る、私は逃げる。
命を失うかもしれない恐怖と、追いかけられている悪寒。
右を見ても左を見ても、あたりには黄色く大きな花。


そんなひまわり畑の中を、私は逃げていた。


背高く育った夏の花は、私を隠してくれる。
けれども追いかけてくる相手もまた、同じようにその雄雄しい体に潜めてしまう。
いつ、どこで目の前から現れるのか、分からない。
振り返ってもあるのはひまわりの黄色と緑、そして真っ青な空と照りつける太陽。
耳元で自分の息遣いだけが震え、前に進む足はもつれる。
地面から蒸し返すような蒸気が湧き上がり、季節は夏。


奪われていく体力、散り散りになっていく思考、ぼやけていく視界、見えない出口。




(何で何で何で何で)と。
脳内を巡る疑問をぶつける相手は、一体どこに行ったのか検討も付かない。
ただ突然現れたのだ、私の目の前に。かの鬼兵隊の提督、高杉晋助と言う男が。



私はこのひまわり畑を祖父母から譲り受け、毎年こうして沢山の花を咲かせていた。
周りは農村でこの時期になると、案外都会から獲れたての野菜を求める人が来る。
私が育てたひまわり畑も観光スポットになっていて、わずかなお金を頂いて開放している。
迷路のように入り組んではいるが、迷子になるほどではない。
それなりの道を設けているので、あくまでそこから反れなければ…だが。



今年もその季節がやってきた。私にとって待ち望んだ時。
今年だけは特別なのだ…けれども。
特別な夏ではあるが、我が命の終わりになるような夏ではない。



高杉晋助と言う男は知っていた。
ここは田舎だが、最低限の設備くらいはある。情報だって入ってくる。
だから例の男が恐ろしい存在だと言う事くらい認識していた。
田舎はお人よしが多い、騙されて殺されて金品を奪われるという哀しい事件も実際起きている。
良かれと思って家に上げた旅人が、強盗だった…そんな悲しい事件が。


自分の身は自分で守らねばならない。
もしかしたらこの辺りの人のほうが、都会よりも罪人に詳しいかもしれない。
そんな中、突然だった。


「よォ…邪魔するぜ」

「…あ、なた」



明け方の朝もやの中、私が涼しいうちに水をまこうと家を出た道すがら。
広大なひまわり畑では水をまくのも一苦労だ、夕立でもあればいいのに…そんな事を考えている中。
薄暗い道の向こうで、見慣れない服装の人物。
派手な着物で笠を目深に被った相手に私は一瞬たじろいだ。
この辺りの人ではない、誰だろうかと。


ただ無視するのは頂けないと、「おはようございます」と声をかけた。
そう…私から。
無言で笠を少しだけ指であげたその人の横を、足早に通り過ぎて目的地に向かう。
そうしてひまわり畑まで来たときだった、後ろから先ほどの男が現れたのは。
「よォ邪魔するぜ」と言いつつひょいっと笠をあげたその顔に、私は見覚えがあった。
高杉晋助だ、と。
驚きの後、色んな思考が巡り出す。
何故どうして、そもそもこいつは本物か偽者か。
だが、ゆるりと視線の先に腰の刀を認めた瞬間、警笛が鳴り響く。


逃げねば、殺される。


誰も居ない朝もやの中、私は「おい」と呼び止めた相手にかまう事無くひまわり畑に逃げ込んだ。
どこをどう走れば、いずこへ出られるのかくらい分かっているつもりだ。
だが相手は「ちっ」と舌打ちするや否や、突如私を物凄い速さで追いかけてくる。



右に左にと走っても、ぴったりと付いてくる相手に。
私は錯乱状態に陥ってとうとう設けられていた道を外れ、ひまわりの中に突っ込んだ。
そうして…今、もうどのくらい動き回ったか知れない。


どこかに出れば、すぐに村の人を呼んで…と考えていたが。
慣れた場所であるはずなのに、恐怖を感じていたせいで方向が分からなくなっていた。
太陽が昇り始め、気温が上がっていく。
じわじわと追い詰められるような感覚、高杉がどこから現れるか分からない恐怖。
そうして疑問、何故どうして?


「何で?」


半ば泣きそうな声を絞り出し、私はとうとうその場にへたり込んだ。
周りは太いひまわりの幹だけで少し冷たい地面が足元にあった。
しゃがみこんだその場所で、私は今年の夏が特別な理由を思い出す。
だけど…あのときのような事は二度と起きない。
低く冷めた声が、私の背後から響き渡る…見つかったのだ、もう…私は殺される。



「見つけたぜ」

「…ひっ」

「んなに怖がるこたァねぇだろうが?」

「…」

「何も捕って食おうってんじゃねぇよ、いくら俺が高杉晋助だとしてもなァ」

「…やっぱり、そう…なんですか?貴方はあの高杉晋助?」

「あぁ…まァ必要な事を聞けりゃ、開放してやんぜ?」

「私に何か聞きたい事でも?」

「そんな所だ」

「答えれば、命は助けてくれるんですか?」

「…クク…そいつはどうだろうなァ。生きることからの開放、つまり…」



相手はそう言って抜刀すると、私の首筋に刃物を突きつけた。
生きることからの開放、それは要するに。
聞くだけ聞いて殺す、といっているようなものだ。
私は震える体で、相手の目を見つめた。ニヤリと楽しそうに口を歪めた醜悪なその顔を。


「俺ァある人物を探してんだ」

「…は、い」

「丁度おめぇくれぇの女さ…」

「そ、れで…」

「俺にとっちゃここは特別な場所でなァ…今年はその節目の夏、そいつを探しに来たのさ」

「…な、名前、とか…」

「さぁな、分からねぇ」

「そ、れじゃ…お答え、しかね、ます」

「うるせぇな、なぁおめぇ…ずっとここらに住んでんだろ?」

「いえ…、私は、そんなに」

「ちっ…手がかりなしかよ」



刃物の冷たさが、苛立ちをまとって私の喉元に食い込む。
殺されたくない、そんな気持ちで…私は高杉晋助に聞いた。


「あの、でも…村の人なら、みんな知っています、だからどんな人なのかご説明、下されば」

「あぁ?…いや、名前も面も覚えちゃいねぇ」

「…え?」

「10年以上前に、ここで会ったある女を捜してる」

「…」

「まァてめぇに言っても仕方ねぇが冥土の土産に持っていきてぇか?」

「い、え…」

「クク…俺もその頃はガキだったぜ?いつの夏だったかここで迷子になってる馬鹿な女を見つけたのさ」

「…」




突然私の脳みそにフラッシュバックしてくる光景があった。




15年前の夏、私は祖父母の管理するこのひまわり畑にいた。
両親の都合で、しばらくここで過ごしたことがあって…その時に。
毎日ここで遊んでいたから、大丈夫だろうとその日、私は一人で道を外れてひまわりの中を探検した。
最初は楽しかったのだが、次第に帰る道が分からなくなり…そうして。
歩きつかれ、迷子になり、泣き出した。
見上げても周りを見ても、誰も居ない、あるのは夏を代表するその花だけ。
丁度その時だった…「おい、なにしてるんだ」と声が聞こえたのは。


私は泣きながら迷子になった、とその相手に告げた。
名前も顔も覚えていない、同じ年くらいの男の子。
彼は「馬鹿だな」と少し嫌味っぽく鼻で笑って、けれども。
私の手を握って、立たせてくれて…そして祖父母のところまでしっかりと連れて行ってくれた。


彼はその夏、ここへ「先生」と仲間と共に遊びに来ている子だった。
翌日もその翌日も、彼は私の元へ来てくれて…一緒に遊んで。
私は彼にひまわりの花言葉を教えてあげた。
そうして別れ際、相手はこんな言葉を残して去っていったのだ…。



「今はまだひまわりまで手が届かないけど、15年後の今日、この花を持って、迎えにくるから」


私は「何で15年後?」と聞いたのだ。相手は答えた。


「そしたら俺もお前も大人になってて、結婚できるだろ?」


ぶっきらぼうに言いながら、彼はその時、ひまわりの葉っぱを一枚私にくれた。
彼の顔も名前も覚えていないけど。
その約束だけはずっと覚えていた。
今年がその15年後の夏、そして今日が…彼と約束した日。



「…あの、高杉さん」

「あ?」

「何で、そんな昔の人をお探しになっているんですか?」

「…さぁな、何でだろうなァ」

「貴方は悪人でテロリスト、ですよね?」

「あぁ」

「そんな人が、どうして子供の頃の約束なんか…」

「…」



高杉晋助は答えた。
「俺がまだ今みてぇに腐っちまう前の、唯一の約束だったからだ」と。
それから「まぁ今の俺なんざ受け入れちゃくれまいよ」とも。
ぶっきらぼうなその顔に、面影を感じた。


あぁ…そうだったんだ。
私が待っていたのはこの人だったんだ。
祖父母からこの畑を譲ってもらったのも、毎年世話しているのも。
15年前の今日の約束を果たすためだった。
来ないかもしれない、いや、来るはず無いと分かっていても。
心に鮮明に残るその約束を、私はずっと…。



「高杉、さん」

「…あぁ?」

「ひまわりの、花言葉、覚えて…いますか?」

「…」

「あの時、私が教えてあげた、のを」

「お、めぇ…」

「まさかこんな風に再会するなんて、思ってはいませんでした、けど」

「…」



私が彼の目を見つめると、相手は唖然と驚きの入り混じった怪訝な表情で。
ようやく事態が理解できたらしく、かなりバツが悪そうにこちらを見つめた。
それから随分の間をおいて、はぁっと肩を落とし疲れたように笑い。
「覚えてらァ」とため息混じりに、呟いた。




私の首から離れていく刀の冷たさと、零れてくる笑い。
そして重なる、声。ひまわりの、もう一つの花言葉。




「私の目はあなただけを見つめる」





「危うくぶっ殺すところだった」と言いながら、高杉晋助は。
ふと思い出したように、側にあったひまわりの花を刀で切り取って私に差し出した。
15年前に出会った、ぶっきらぼうで優しい少年の顔で。
受け取った私も、きっと同じようにあの頃の顔で。



「約束どおり、来てやったぜ?」

「待ってましたよ」




貴方がたとえどんなに変わろうとも。
私の目は、あの時から、貴方だけを見つめて。







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