銀魂夢小説9

□寝顔
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高杉晋助と言う男の元に使えていくばくか。
私は些細な疑問を抱いていた。
彼は、眠るのだろうか?と…。




人間ならば眠るのは当たり前だ。
しかし我が主君の高杉晋助が寝ている姿など、私は疎か他の面々も見たことが無いと口を揃える。
そうして私も上記に同じく、彼に仕える一介の女中としてそんな疑問を抱いていた。



例えば真夜中、言いつけられて彼の部屋に寝酒を持って行く時など。
高杉晋助は私に酌をさせて酒を飲み干し…寝床に入るかと思いきや、おもむろに三味線など弾き出す。
その三味線の音色にしばらく耳を傾けながらも、女中とあらばこれ以上は邪魔してはならぬと悟り、相手が眠る前に静かに部屋から出るのだ。
無論私だけに限らず、他の皆も同じ様を見ていて同じように行っている…つまりは誰と構わず毎度の事。
だからこそ、噂が立つ。
「あのお方は眠るのか?」と。
こんな噂話を聞けば聞くほど募る疑問、そして知りたいと言う気持ち。




そんな私の興味は不躾に彼に向けられて。
仕えひれ伏す身でありながら、ついと口をついて出てしまった。



「晋助様、貴方様はいつ眠られるのですか?」



今まで何度か私は彼の寝酒の酌をしていた。
この日もそうで、私は晋助様が傾ける杯に酒を注ぎながら…ふとこんな事を口にしてしまった。
言ってしまってから「なんて不躾な事を言ってしまったのか」と口に手を当ててみたが、相手は私を睨みつけ…そうして。
青ざめるこちらなど意に介さぬと言わんばかりに(むしろ楽しそうに)笑みをこぼした。




「クク…俺が寝る様が気になるってかァ?」


「いえ…申し訳ありません」


「何故謝んだ?」


「あの…あまりに失礼な事を言ってしまったと」


「ほぅ…」




彼は可笑しそうに喉をならす。その様子をチラリと見上げて、私は相手の美しさに見惚れていた。
立場の違いなど分かり切って居ても、彼を知りたいと思う感情は抑えられなかった。
こみ上げる慕情はどこかで、相手の密やかな癖の一つも知りたいと泣きわめいて胸を焦がす。



私は彼に恋をしていた。




立場を越えて、などと甘く浅はかな夢は見ないし見られない。そんな考えを持つ事すらおこがましいと分かっている。
けれどもやはり諦め切れない感情が胸をざわつかせてしまうのだ。
他の女中が知らない高杉晋助の一面を知れないかしら?と。
私は夜酒の酌をする度に相手を観察し、見つめ…そうして。
今回は想いが募り過ぎて「寝顔がみたい」などと失礼極まりない発言をしてしまった。
己の失言に慌てふためき縮こまりながらか細く彼に精一杯の謝罪を示す。



「あの…晋助様」


「なんだ?」


「まことに申し訳ありませんでした」


「…」


「私などが晋助様の懐に土足で踏み入るような事を言ってしまいまして…」


「…」




こちらの謝罪に相手は答えず、ただ杯を傾け少し渋い顔をしながら酒を飲み干す。
静かに怒っているのだろう…そう感じた私は残りの酒を彼の杯にそそぎ入れ、この場を去るべく立ち上がった。
それでも気になり振り返ると、相手はまだ静かに杯を手に持って窓の外を眺めている。
まるで私がここに在る事など気にしないように。
その姿にほんの少し切なさを感じたけれど…これより先へは到底踏み入れられない。
諦めを乗せた会釈をして、私は空いたとっくりを下げる為に彼に背を向けて歩き出す。



と…ふいに後ろから声がかかった。



「俺の寝顔が見てぇのか?」


「…はい?」



その声に思わず反応すれば、露わになった右目を細める彼と目が合った。
それからもう一度、ゆっくりと同じ科白を私に投げかける。



「お前は俺の寝顔が見てぇのか?」


「…」



答えに詰まって目線を泳がせれば、更にたたみ掛けるような言葉がその口から妖艶に紡がれる。



「男相手に寝顔が見てぇとのたまう意味を知っての事か?」


「いえ…だから…あの」


「知らねェってか?」


「すいません」




私が謝れば相手が笑う。
楽しそうに、だけど何かを企む表情で。
こちらはただひたすら萎縮して、去る事も出来ずに立ちすくむ。
さすればふいに…スィと彼は立ち上がって私との距離を詰め、耳元に唇を当てた。そうして言ったのだ。



「意味も分からず俺の寝顔が見てぇと言ったのか?そいつはつまり本心ってヤツだろうなァ…」


「晋…助様…」


「知らねェなら教えてやらァ…男の寝顔が見てぇってのはな『貴方と一夜を共にしたい』って意味と同じなんだぜ?」


「えっ…」


「クク…知らずのうちにそう言ってたってか?随分と淫乱な女中が居たもんだなァ…」





彼はそう言って私の耳に唇を這わせる。思わず「あっ」と情けない吐息が漏れて手で口を塞ぐ…事は許されなかった。
晋助様が私を荒く壁に投げつけ、まるで縫いつけるように両手を押さえてしまったから。
そうして彼は私をまじまじ見つめて囁いた。
「だが、俺の寝顔…てめぇなら見せてやらなくもねぇぜ?」と。



思わぬ台詞に相手を見上げると、彼はバツが悪そうに目を反らしてから私の腕をゆるりと離す。
そして小さな…とても小さな声で「実はよ…お前をひと目見た時から、気に入っていたんだ」と呟いたのだ。
まさかそんな…と驚きながら、私は突然の出来事に再び慌てふためく。
すると彼は私の目を覗き込み、幾分余裕の無い声色で言った。



「意味…分かるよな?俺が今…だから、あのよォ…」





その様子があまりにも可愛くて愛しくて、そして嬉しくて…何だかこちらまで恥ずかしくて。
私は必死に考えをまとめて、そして。
「晋助様の寝顔が見たいです」と今一度蚊の鳴くような声で返事をしてから…。
そっと、怖ず怖ずと、彼の背に自らの腕を回してみるのだった。







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