銀魂夢小説2(高杉)

□きっかけは
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「何だよ」

その男は言った。

一人暮らしのマンションで、一人分の夕食の準備をしていたら。
出たのだ…あの例のあれが。黒くて薄くて早くて飛ぶヤツが!!!
私はこいつが死ぬほど大嫌いで、目の前にいきなり現れたそいつを見た途端
「うぉおおおお!!!」
と。女らしからぬ悲鳴というか怒号というか、ともかくかなりの大声を上げた。
その刹那…いきなり家のドアがドンドンと鳴り響く。
誰かが叩いていると頭では分かったけれど、最初の恐怖が残っていた私はドアを叩く音にも
「ひわぁああああ」
と。悲鳴を通り越したもうなんとも言えない奇声を発してしまった。

何をどう優先すべきか、頭がパニックだ。
黒くて薄いあいつは私の切りかけのキュウリを物色している。
ドアはなおも叩かれている。

泣きそうな自分を必死に抑えて私はドアを優先させた。
まずは人員確保、ってかもうドアの向こうが殺人鬼でもいい。
私を殺す前にアレをぶっ殺してくれるならそれでいい。
訳の分からない感情を抱いたまま私はドアを勢いよく開け放った。
そして三度「ぎゃああ」と悲鳴をあげた。


「…うぉ」

ドアの向こうには黒いアレと変わらないくらい全身黒尽くめの男。
左目を隠した異様な雰囲気に何故か私は「もうダメだ」と思い、とりあえず南無阿弥陀仏を唱えた。
ってかなんだこの人は、黒いあいつの生まれ変わりか?
はたまた泥棒か?いや、泥棒はドアを叩かないよね?じゃ誰この人。
私が挙動不審でいたのが分かったらしく、男は言った。

「何だよ。…俺ぁ隣の高杉ってんだが、帰ろうと思ったら悲鳴が聞こえたからよ…」

高杉と言ったその人は私の家の隣を指差した。
ああ…隣人さん…。隣人さんって男の人だったんだ。
いや、それならばさらに話が早いかも。
私はパニックの頭を動かして、高杉さんにお願いした。

「ごごごごご、ゴキが…あれが出て、もうダメ私。殺して」

「あ?おい…意味わかんねーんだけど」

「だから、ゴキが出たの!!あれダメなの私。それどっかやってよ高杉さん!!」


まさかの逆切れである。
私は無理矢理高杉さんを家の中に引きずり込むと、台所を指差した。
あいつはまだキュウリに夢中らしい。あああ、虫唾が走る。チキン肌。


「ああああ、アレ!!抹殺して、この世から!!!」

「何だよ…ゴキブリじゃねーか」

「何だよじゃないの、早く殺って!!一刻でも早くぅううう」

黒いアレはどうやらキュウリに飽きたらしい。
カサコソと移動を始めてしまう、ダメだ今行かせるわけには行かない。

「高杉さんんん!!!お願いだから早く何とかしてぇあああ」

バシっ。


私がパニックに陥っている間に、高杉さんは近くにあった雑誌を丸めてそいつに振り下ろした。
あああそれは…今日手に入れた最新号のファッション雑誌…まだ読んでない。
高杉さんは雑誌の下のそいつをティッシュに包んでゴミ箱に捨てた。
どうやら戦いは終わったらしい…でも、ゴミ箱にアレの死骸が入ってるなんて…耐えられない。

「おい、ちょ…何で泣いてんだよ」

「う…だって、も…ヤダ。雑誌…それまだ読んでないし、ゴミ箱片付けるのも…ヤ」

「おめぇがやれって言ったんだろうが…ったくよぉ…俺にどうしろってんだよ…」


私が放心状態ではらはらと涙を流していたら。
高杉さんは「ったくよ…」とため息を尽きながらゴミ箱を片付け始めた。
「雑誌、どうすんだよ」というので「捨てて」と答える。
切りかけのきゅうりも勿論ポイ。
ブツブツ小言を言いながらも、高杉さんはそれを一まとめにして

「仕方ねぇな…俺が出しといてやる」

そう言って玄関に向っていった。



********



そんな出会いから2年…。私は今、純白のドレスに身を包みにぎやかな歓談の中に居る。
隣にはあの日黒尽くめだった高杉さんが、真っ白なスーツで座っている。
私たちの馴れ初めを話す司会の方の言葉に耳を傾けながら、私は思い出していた。
まさか出会いがそれだとは言えずに、少々着色したシナリオ。
でも本当はアレのおかげでこうして…。

「な、これ」

「何…ひゃ」


こそこそと話しかけられて私がそちらを見ると、高杉さんが黒いものをテーブルの上に置いた。
一瞬見間違ってしまったが、これは違う…ただのオリーブの実だ。
高杉さんはくつくつ笑う。私もつられて笑ってしまった。
そしてまた思い出していた、彼の…奇抜にして妙ちきりんなプロポーズの言葉を。


「一生、俺がお前をゴキブリから守ってやるよ」








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