銀魂夢小説2(高杉)

□届け
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(迷った瞬間に殺されるんだろうなぁ)
私は刃の切っ先を、男に向けながら考えた。
相手もまた同じく真剣を私に向けている。
張り詰めた空気なのに、頭の中の言葉はやけにお粗末で。
その温度差に少し笑いそうになった。

「ここまでよ、高杉晋助」

私が相手の男…高杉晋助に言うと。
高杉は楽しそうに笑った。きっと珍しいのだと思う「ハハハ」と声をあげて。
ここまで追いかけてきたのは私、ここまで追い詰めたのも私。
女だからと馬鹿にされ、少なからず差別の目に曝されたのはもう昔。
今、私は真撰組一の剣士として、存在している。
土方も沖田も、近藤さんだって今じゃもう私の足元にも及ばない。
それくらい強くなったと自信はある。それくらい私は強い。負けない。
だからこそ高杉を追う事を許されたのだ。


そうして年単位で追いかけ追い詰め、今…ようやく目の前に対峙している。
長かったとここまでの苦労をかみ締めるのはもう少し先。
高杉の首を取れ、と脳みそが命令を下す。
だがしかし…相手は隙だらけのようで実は全く隙が無い。
対峙して大分時間が経っているが、むやみに切り込めば簡単にやられるだろう。
やはりこの男…そうたやすく首を差し出してはくれない。


「良くここまで来た、と褒めてやらぁ…てめぇ、名は?」

「名乗るくらいなら、自害するわ」

「ほう…言うなぁ…面白ぇ」

実際は一言でも発してしまえば、自分に隙が出来てしまいそうで。
名乗ることが出来なかったのだ。だが弱みは見せられない。
額に汗が滲む、刀を持った手が汗ばむ。
このまま何時間でも過ぎてしまいそうなほどだ。
どこかで決めなくては、心を腹を。高杉の目は冷たく私を捉えている。
迷いは無い、迷えない、迷った瞬間に…あの世行きだ。
じゃりっと足元の土が音を立てたのを皮切りに、私は高杉との間合いを一気に詰めた。
振り下ろされる私の刀、まず一投目、相手の左肩から右わき腹にかけて切り裂く。
そうして私自身の斜め左下に流した刀の刃を上に向け、今度は奴の右わき腹から左斜め上に…。




「何故、切らねぇ…」

「くっ…」


一気に間合いを詰めて私が刃を振り下ろそうとした瞬間、高杉は目を瞑った。
まるでここまでだと悟ったかのように。
高杉からあふれ出る殺気は消えなかったが、私はそれを見てしまった。
見てしまったら、刀を振り下ろすことが出来なくなってしまった。
刃を上にかざしたまま立ち止まるなんて自殺行為だ。
下から相手が突き上げてくれば即死。
けれども私は動けなかった…高杉が「何故切らないのか」と問うまで。


理由なんてわかっているのだ。
私は、高杉を追いかけ追い詰めているうちに。
彼に対して別の感情を持ち始めていた。


ここまで上り詰めるには容易ではなかった。
屯所では散々「女だから」と馬鹿にされた。酷い時は強姦まがいのこともされた。
それでも正義を貫くと、必死に歯を食いしばって男と対等にやってきたのだ。
今になってようやく認めてもらえてはいるが、過去の痛みと辛さは消えなかった。
未だ天人を護衛する時は「雌犬」と…ののしられることもある。



高杉という男を調べるうちに。
自由で気ままで、それでも己の野心を捨てない孤高の姿に。
野望を叶えるためなら、男も女も関係なく部下に置いているその姿勢に。
いつしか私は…惹かれていた。
毎日規則に縛られる生活が、天人に頭を下げる日々が、未だ「女だから」と時折言われる環境が。
耐えられなくなってきていて。
色んな矛盾が生まれ、理不尽なこの空間に疲れていた。


涙が流れてくるのが分かった。
この男を切りたくない。でも切らなければならない。
私は真撰組の女兵士で、相手は憎き鬼兵隊の総督、高杉晋助。



でも私には出来なかった。



未だこちらもむこうも刃物を握ったまま。
私はそれを力なく下ろすと、にっこりと笑ってみた。
上手く出来ているかはわからなかったけれど。
そうして自分の刃を自分の腹に思い切って突き刺した。


高杉は目を見開いて心底驚いた顔をした。
私はその顔を脳みそに焼き付けようと必死に見上げる。
立っていることは出来なかった。前のめりに体が落ちていく。
それでもどうにか、天をあおぐように、彼の顔が見えるように体勢を整え。
仰向けに寝転ぶことが出来た。


高杉はただ私を見下ろしていた。
一体何があったのか分からない顔をしながら。
それでもどうやら事切れるのを見届けてくれるらしい。
酔狂な男だ、でも私にとってこれ以上に嬉しいことは無い。
刀は大分深く刺した、このまま失血死するのだろう。
最期に一つ、お願いをしてみたい。


「たか…あたし、名…一度、いい…呼ん…」

「ああ」

短い返事はきっと肯定してくれているのだ。
私は彼を地面から見上げて、自分の名前を搾り出そうとした…けど。



その声はもう、届かなかった。



狭くなっていく視界の、最期の最期まで。
私は彼の顔を見つめ続けた。まぶたが重くなっていく。
ついに、この想いを伝えることは無かった。
それだけが無念…と、深い闇に吸い込まれていく瞬間。
高杉の声が聞こえた。


「おめぇ…今度生まれ変わる時は俺と共にいろよ」



私は笑った、笑おうとした。その顔を高杉は見てくれただろうか。
それを肯定と捉えてくれただろうか…。






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