緋色に導かれて(再筆)

□役目
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「…時間か。」



先日の瀬田宗次郎との邂逅から幾日か経過した。

あれから宗次郎からの連絡はない。
蛍は日々の仕事を行っていた。



「日が暮れるのが早くなったわね…」




秋から冬に移りゆく時季。
諸用で街に出掛けた蛍は帰路についていた。


蛍の今の生業は政府要人の身辺警護が主である。
そして必要があれば影の仕事、暗殺に手を染めることもあった。

元は長州派維新志士であり、同じく人斬りを経験した者は政府の栄職に就くこともあったが、女の身、そして若年でもあった故、蛍はこの道に就いたのである。



紅葉した桜の木々。
落ち葉が降り積もる道を抜けていく。

洋式を取り入れた歩道と建造物が連なる道に差し掛かったところで足を止めた。




「…」

「こんばんは。」



ひょっこり、と前方の曲がり角から姿を現した人物。



「またお会い出来ましたね。」



彼、瀬田宗次郎は以前と変わらない笑顔を蛍に向けた。

無邪気な笑顔とは裏腹に、忍び寄るような様が彼の用意周到さを象徴しているようで、謀らずとも彼女は冷たい視線を返した。


まだかろうじて日が出ている為に、姿形をありありと確認出来た。



「…何?」

「嫌そうに思ってません?」

「例の仕事ならまだ早いでしょう?会うには時期尚早のはずよ。」

「真面目なんですね。」



ふふ、と宗次郎は声を漏らす。
何処かあどけない印象だった。

そして蛍の言葉も余所にしげしげと彼女を眺めるのであった。



「何?斬られたいの?」

「いえいえ、失敬しました。」



一歩、一歩と近付く。

丸い瞳が蛍の視線とぶつかる。




「…以前は暗くてはっきり見えませんでしたが…やっぱり蛍さん、とても綺麗な人なんですね。」



「…」

「正直言って、あなたのような人がこういう世界にいるだなんて…驚きです。」



素直に言葉にしている素振り。

それ故に意図が掴めない。
一度ならず二度までも、この青年はそうだ。



「…褒め言葉として受け取っておくわ。でも大した用がないなら失礼するから。」

「ああ、すみません。実はね…」





木枯らしに掻き消されかけながら綴られた言葉。

一切を聴き終えた蛍は頷いた。



「…内情を探れという訳ね。」

「ええ。疑わしいのは三人。いずれもあなたなら何らかの形で繋がることが出来るはずです。」

「政府に仇するには政府の犬…ということね。何かと骨が折れそうね。」

「期待してます♪」

「…はいはい。」



洗えと言われたのは明治政府関係者。
いずれも世間で言う大物政治家である。



「僕では潜入は無理です。蛍さんの方が適している。その他のことなら何なりと手伝いますから。」

「ええ、その時はお願いするわ。」



資料を受け取りながら、手筈を考え始めた。


──志々雄を警戒し、武力行使を企てる動きが政府内で一部見受けられるとのこと。

これを阻止し、裏で糸を引くその権力者を暗殺。その死が公表されれば──


見せしめに出来れば、志々雄を止める者はいなくなる。




「よろしくお願いしますね、蛍さん。」

「ええ。」



宗次郎は変わらぬ微笑みで会釈した。

再び木枯らしが吹き抜けた。







(あの、蛍さん。)

(ん?)

(蛍さんって少しは笑ったりしないんですか?)

(…笑うような状況でもないのに笑えるわけないでしょ。)



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