緋色に導かれて(再筆)

□蝋梅咲く頃の礼式にて
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鹿鳴館と呼ばれていた文化建造物がある。
その前身となった施設が延遼館である。明治に入ってからは宮内庁の管轄下に置かれ、離宮とも呼ばれる。





師走の半ば。
山茶花の見所も終わり、寒さも増すなか、宗次郎は東京に出て来ていた。


(蛍さんに渡すものがあるんだけど…会えるかな?)




現在、蛍は大蔵省及び関連施設への出入りが多い。
元々出会う前から政府機関へ出入りしていた彼女であったが、諜報活動の任務が入ってからはその回数も少し増えている。

さすがの宗次郎も、厳戒態勢の政府施設内までは立ち入ることは出来ない。
正直、この任務は蛍一人の力で事足りるだろうと宗次郎は考えていた。




何度か蛍と出会った洋風造りの道に差し掛かる。

桜の木々の葉は全て落ちており、褐色の色褪せた色彩が目に入る。




──蛍の姿があった。

木立に背を預ける様が前方の先に見える。
視線が合い、宗次郎は会釈した。



「珍しいですね。蛍さんが待っててくれているなんて。」

「伝えたいことがあるのよ。」





──



「シキテン…?」

「ええ。年明け早々に政府の重鎮が一堂に会する機会、式典があるのよ。ここから近い延遼館という洋館で。」



調べ上げた一切を綴る書類を眺めながら要点を語る蛍。

政府や政治には何の興味もない宗次郎だが、そういうものがあるのかと思いながら、とつとつと語る彼女の話に耳を傾けた。




「…そこに私が調査している標的の一人が迎合を予定している。」

「…」

「まだ調べ上げれていないのはその一名。肝心の基部…その者が暗殺を企てているのかという確証はまだ掴めていない。この機会を狙いたいわ。」



「…他の二人は白なんですか?」

「ええ。一名は内密の内に西洋に出国中。一名は政府内の争いに敗れており、いつ下野してもおかしくない。」



話を続けながら、蛍が少しこちらを伺い見るのを宗次郎は捉えた。




「…ならば、残りの一人が黒ということですよ。蛍さんなら分かっているでしょう?」



その言葉に彼女はまっすぐな視線をぶつける。



「…ただの消去法じゃない。疑わしきでは駄目よ。」

「証拠が出揃うのを待っていては、遅れを取りかねませんよ?」

「人物が人物なだけに、おいそれとは動いてはならないわ。……それに。」



言葉を遮る彼女。宗次郎は首を少し傾げる。



「…あなたがついていれば志々雄が始末されることはないでしょう?」




彼女の長い黒髪が風に靡き、彼女の表情を覆い隠す。

やがて現れた真剣な眼差しに、宗次郎は頷いていた。





「…では、お願いしますね、蛍さん。」



にっこりと微笑んだ。
そして懐から封筒を取り出し、蛍に差し出した。



「これは?」

「僕達の居場所が記してあります。何かあれば…それと。」

「?」

「…あなたの力が必要です。蛍さんのことだから下手を打つようなことはないでしょうけど…」



それだけ告げると宗次郎は踵を返した。
その後ろ姿を蛍は見続けていた。




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