緋色に導かれて(再筆)

□いつかの約束
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──所詮、この世は弱肉強食だ。






戦火が引き、煤と血と数々の死体に埋め尽くされた地。

刀を持つ蛍の背後には、若い剣客の姿があった。
蛍の正面では、たった今、太刀を浴びた敵が肉塊となり、果てた。




「…使えるな。」

「え?」



背後からの彼の一言に、まだあどけなかった蛍は戸惑いの色をその表情に浮かべた。



「女だてらに、ましてやガキが人斬りを名乗る、普通に考えればろくなもんじゃねえ。」

「…」

「だが違う。お前はそれ相応の覚悟をしている。」




この時代を終わらせるために自らの剣を振るってきた。

志を抱き、蛍は幕末を生き抜いてきた。その信念の前にはどんな理念も通用しなかった。
そして、いつしか笑うことや怒ることはおろか、世を楽しむこともなくなっていた。



「…生半可になんて生きれないの…生きると決めたから。」

「…」

「私は生きるためには刀を抜いて人を殺さなければならなかった…」



どんな理由をつけても、剣とは最終的には人を傷付け殺める凶器の他ならない。
即ち、剣は人を殺めるためにある。
その覚悟がなければ剣を持ってはならない。


黙って蛍を見ていた男は一言、こう言った。



「…お前の腕を買いたいんだが。」








──蛍は目を開けた。



陽の光を頬に感じる。
窓硝子から差す陽が蛍の横顔を照らし出していた。



とある省の施設内の書斎だった。

小休憩を取っているつもりが、腰掛けに座ったところ、うたた寝をしてしまっていたようだった。



「……」



握り締め、爪痕が刻まれた手のひらを見つめる。


一見綺麗な白い手。

でも、この手でどれだけの命を殺めてきたのだろう。
幾多の人間を殺してきた。その度にその肉塊を目に映し、血を浴びて…




「…昔のことを夢に見るだなんて。甘いわね。」



蛍は苦笑していた。




窓から一望出来る東京の景色。
今では随分と清廉された街。

望みをかけたこともあった。
だが結局は、幕末からの混沌を清算も払拭も出来てはいない、形だけの時代だった。





脳裏に男の姿が現れる。



『強ければ生き、弱ければ死ぬ。』

彼──志々雄真実の声がこだました。




「…結局は約束をしてよかったということね…」



蛍は瞳を閉じた。




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