緋色に導かれて(再筆)

□潜入
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「…さてと。こんな感じか。」



慣れない衣服。身を包んだものの、未だに物珍しげに自身を見廻し、宗次郎は呟いた。



「ボウヤ、洋服も似合うのね。」

「ありがとうございます、由美さん。手伝ってもらっちゃって。」



由美は腕組みをしながら、満足そうに宗次郎の姿を眺める。

彼は由美に笑いかけると、差し出された鏡に映る己を一瞥した。


いつもの着物ではなく、青年将校、すなわち明治時代で言えば士官風の黒羅紗の衣服と帽子を宗次郎は纏っていた。
目的の地を歩いても何ら違和感はないだろうと宗次郎は考える。




「…強いて言えば、」

「?」

「鎌足の付けたそれねぇ…」



外套と仕込み杖を手渡しながら由美は眉をひそめた。



「これですか?」

「ええ、それよ。」



宗次郎は襟元を見ようと目線を下に向ける。そこには「天剣」の文字が左右一文字ずつ施されていた。

彼女はその文字を指でなぞる。



「変よねって思うのよね。」

「ええっ、そうですか?」







──



(僕は気に入ってるんだけどなぁ…変かなぁ?)



見慣れぬ街に歩を進めていた宗次郎は空を見上げた。


早朝の為、芯の凍るような寒さと静けさで満ち満ちている。
辺りはどこもかしこも灰色の景色に見えた。





(それにしても…大きなお屋敷だなぁ。)



木造建ての豪華な平屋。



目的の離宮内に侵入した宗次郎は、その広い庭園に佇んでいた。

庭園内をどれ程進んだだろうか。視界に現れたこの建造物が恐らく延遼館だろうと推測した。

一週間後にはこの場所で式典が開かれると蛍から伺っている。



庭園はかなり広大で、和洋数々の要素が織り込められている。

冬が去れば庭園には四季折々の花が咲き乱れると思われた。現に椿や梅の蕾が宗次郎の周りには確認出来る。



(僕達のアジトもなかなかの規模だけど、此処もかなり…)



興味本位で庭園内を散策していたその時。



「動くな。」

「!」





背後から自身に向けられたであろう声。宗次郎は動きを止めた。



(あれ?見つかった…?)



耳を澄ませると雪を踏みしめる音が僅かには聞き取れた。
宗次郎の脳裏に芽生えた疑念が顔を出す。



(うーん、人目を避けて来たつもりだったんだけどな。)



わざわざ着替えたのにな、と彼は心で呟いた。

少し近付く足音。
宗次郎は微笑みを浮かべた。



(…腕が立ちそうですね。)



瞳が妖しさを秘める。

さらに近寄る足音。刀の鍔鳴りがした。



「…」

「そこで何をしている。」



手を上げながら宗次郎は後ろを盗み見た。


黒い洋服に目深に被った帽子。
一人の士官の姿が迫っていた。



──その光景を捉えたまま数秒、刹那、宗次郎ははっとした。




「……蛍さん?」



──丸く目を見開く彼を見据え、彼女は刀を下ろした。



「…なんであなたがここにいるわけ?」



表情の読み取れない切れ長の瞳が警帽の下から覗く。
蛍は溜息混じりに呟いた。




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