緋色に導かれて(再筆)

□白に染まる決意
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前日から降り続いた雪で辺りは白に包まれていた。離宮も雪化粧で施されており、館にも庭園の木々にも雪が降り積もっている。

庭園を巡回する蛍の目前でも小雪が散っており、氷の礫のような冷たさが時折頬に触れる。


──冷え込みが感じられるにも関わらず、祝賀の場である為、この日は朝から盛況だった。

見渡せば幾らでも、着飾った政府関係者、華族達を確認出来る。西洋諸国との並立を高らかに謳う彼等の意気地も読み取れたし、西洋諸国にある種の憧れを抱いている様も見て取ることが出来た。

華やかながら取り繕った、混沌として整理がついていない光景だと蛍は思った。



一方、延遼館の警備は各地に置かれており、彼等の間には張り詰めた空気が漂っている。

かく言う蛍も士官に扮し、その衣服に身を包んではいるが、場に流されることのない彼女は、いつもと同じく感情を映さない表情に平静を纏わせていた。腰にしている西洋式のサーベルには違和感を感じていたが。


蛍は館の出入口付近の見廻りについていた。先日宗次郎と邂逅した場所よりも、やや延遼館に近付くところである。




粉雪が積もった椿の園が続く小路。その方角を彼女は見据えていた。


賓客と談笑する男の姿。

付近には数々の重鎮、御歴々が見て取れたが、男は中でも最も特異な役を担っていた。

標的──大久保利通である。



維新三傑と言われた大物で、現在は内務卿の役に置かれている。志々雄の計画を阻止せんと動くのは彼なのか──



蛍はその光景を眺め続けていた。





「…くしゅんっ。」


雪が散らつき始めた様を見上げながら、宗次郎は小さなくしゃみを思わず漏らした。漆黒の士官服の肩へ帽子へと、小雪が数点舞い落ちる。



(ああ、いけないいけない。)


辺りを見渡し手でゆっくりと口許を覆う。幸い、何者の視線も感じなかった。




(…蛍さん見てたら怒るんだろうなぁ。)


先日蛍に説教された時のことを思い出し、彼はふふっと笑みを浮かべた。吐き出す息が白く染まる。





──


『そうね…』

『僕では務まりませんか?』



無邪気に問い掛ける彼──宗次郎を見つめて彼女は呟いた。


『そんなことはないと思うけど。』




──けど、かぁ。


蛍の言葉尻が何だか気になる。だが彼女の顔色は何ら変わりない為、宗次郎は彼女の言葉を飲み込むしかなかった。



案外、慎重に事を運ぶのが好きなのかもしれないと彼は感じた。

どれだけ黒と思われても、物的証拠が出揃うまで彼女は動こうとしない。だが、確証よりも宗次郎は結果を重視していた。否、結果さえ得られればそれでいいと思っていた。万が一、確証を持たず動いた故に収穫が得られないとしても、第二、第三の手立てに移行すればそれで済む話だ。

何の可能性を恐れて、彼女は行動するんだろう。


ちらりと、反応を示さない蛍を見る。



(そんなに、いけないことかなぁ。)


空を仰ぎ見ては頭を垂れて彼女の声が変わるのを待つ。何の気なしに足元の石ころを蹴っていた。



蛍さんのお許しは出ないのかなぁと考えたところで、ふと、思い立った。



(一歩間違えればその場で死ぬわよ?)


先述の彼女の言葉を思い出す。



──もしかして。




『…もしかして、心配してくれてるんですか?』



もしかすると。そうなのかな。


じっと彼女の顔を見つめると、一瞬だが、意表を突かれたような色が見えた。

何だかそれが可笑しくて、微笑んでしまった。



『…そっかぁ。』


満面の笑みを浮かべる。



『蛍さん、僕のこと心配してくれてるんですか。』

『……』

『……あ。今イラってしました?』

『…勝手に代弁しないでくれるかしら。』



ああ、図星ですか。

…正確には図星というか、少し蛍さんの性格を掴めたような気がした。



『大丈夫ですよ。』

『……』

『こういうことは僕が一番適してると思いますよ。』

『…危うくなれば、躊躇いなくあなたを殺すかもしれないわよ。』

『じゃあその時は一瞬で死なせてくださいね。』



売り言葉に買い言葉とでもいうのだろうか。

そこまで言った時、蛍さんはぽつりと呟いた。



『…簡単に死なないでよ。』


『…えっ』



…僕は思わず目を丸くした。



『……』

『え?殺すって言ったり死ぬなって言ったり…どっちですか?』

『うるさい、それくらい考えなさいっ。』


──





(…あの時、なんかちょっと可愛かったなぁ…蛍さん。)


──まあ多分呆れてたんだろうけど、いつもと違って少し必死で。うん、可愛かったなぁ♪



風向きが変わり、粉雪が宗次郎の頬に当たる。詰め襟で顔周りを隠すように、僅かに首を竦めた。



──彼はとある場所に待機していた。

延遼館のとある地点。蛍とは別行動で敵方を観察していた。


目標の人物に再び視点を合わせ、そっと呟いた。



「…僕自身も蛍さんも大丈夫ですよ。強いから。」




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