緋色に導かれて(再筆)

□死線
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最奥の窓越しに、雪が蛍の視界にも映り込んだ。

彼女の目の前、延遼館講堂には多くの人々がいる。先程、此処では舞踏会と呼ばれる、何やら催し物が開かれていたのだが、それが終わった直後から人々は皆少々高揚しているようだった。

華美な装飾。天井には煌びやかなシャンデリアが輝く。だが彼女はその光景や建築美、ましてや白い雪も特段意識することはなかった。


すぐ背にある重厚な扉。観音開きのその扉の鍵が開いていることを蛍は手探りで確認する。そして「電気室」と呼ばれる部屋までの経路を想起した。



──今一度懐の拳銃を確かめる。

警備としてサーベルと共に配給された代物である。芯の冷えるような寒さ故か、手袋越しでもその手は冷たかったが、震えることは一切なかった。



(…そろそろ時間ね。)


蛍は無の表情で悟り、背後の扉を静かに開ける。そっと振り向くと目配せをした。

其処に立っていたのは笑顔を浮かべた宗次郎だった。





──

人々の視線に囲まれたその地点。内務卿・大久保はその時を迎えようとしていた。

宴も佳境に入り、やがて各省の御歴々が順を追って祝辞を述べるという進行を迎えたのである。勿論彼もその責務を担っていた。今この地点。講堂、即ち延遼館建物内には全ての賓客が一堂に会していた。

彼は国の行く末を案じていた。西南戦争からまだ間もないのに、一人の人物が国家の転覆を目論んで暗躍している。

(動乱の始まる前に手を打たなければ…)





──突然。それは前触れもなく起きた。

即座に彼は周りを見回したが、既に視界は薄暗い闇の中であった。


(停電…?)


シャンデリアの電灯が一斉に切れたのである。雪と曇天のせいで窓から差す陽は頼りない。ただ広い空間の中で人々は立ち尽くし戸惑いの声を上げる他なかった。



その数十秒後──凄まじい発砲音。銃声が一発鳴り響いた。

その音を皮切りにするかの如く、次々と銃声が彼の鼓膜を震わせ、シンメトリーに並んだ窓硝子が割れていく。


(襲撃か!?)


事態を把握しようと音の方に視線を向けようとする彼だったが、悲鳴と銃声、そして落ちてくる装飾の残骸、破片が彼の動きを鈍らせた。

刹那、風を切り裂く音が耳を貫き、思わず目を見開く。


「!」



瞬間、だった。気付けば大久保の目前には士官姿の男があった。

剥き出しの刀の切っ先は彼を捉えていた。



──直後、至近距離で銃声が轟いたが、彼の意識には残らなかった。




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