緋色に導かれて(再筆)

□謀二つ
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「内務卿、ご安心ください。賊は始末致しました。」



大久保は赤い血に染まっていた。それの発する臭いに彼は自分自身を見渡す。少なくとも、彼の流したものではないことには気付いていた。

目の前には一人の士官が立っており、彼を見据えていた。


「お手を。」

「…すまない。」



差し出された手を見ると、どことなく違和感があった。細い腕だと感じた。何故そう感じたのだろうか。

躊躇する隙も与えず、その手はしっかりと大久保の身体を引き起こしていた。


「…恐らく貴殿の命を狙っての凶行でしょうか。万一の事態に備え、これより皆様を誘導、避難させます。」



床は斬擊で抉れ、壁には弾丸が食い込んでいた。硝子の破片が彼の足下に川のように及ぶ。

講堂の後方には血まみれの、恐らく人間だったものが横たえられていた。血の痕が大久保の座り込んでいた付近から引き摺るように続いている。



「君は警備の者か…」

「はい。」


刃の折れたサーベルを彼は携えていた。

視線を上へと、進めていく。
どこか線の細さを思わせるその人物もまた、赤黒い血を浴びていた。

目深に被られた帽子で目元は確認出来ない。



「…君が賊を粛清したのか。」

「はい。」




「…君の名は。」



「浜坂蛍…と申します。」



警帽を取り頭を下げる彼女。拍子に、結い上げられていた長い黒髪がはらりと解け落ちた。


蛍の姿を見てようやく彼は合点がいった。

そして彼はある手立てを考え始めていた。






───


「密偵、ということですか。」

「ああ。引き受けて貰えるのであればだが…」


翌日、大久保卿に招かれて内務省に出向いた蛍は、先述の言葉を突きつけられたのである。



「──貴殿は志々雄真実という人物を知っているか。」

「…ええ。」

「今この国は彼に支配されようとしている…」





蛍は回想していた。



──あの時、延遼館で遂行したのは「内務卿暗殺未遂」。

忍び込んだ間者が内務卿の命を狙うも、警備が内務卿を救い間者を始末する。
そういう筋書きを蛍と宗次郎は実行に移した。



彼女は式典の途中で移動した。その間、宗次郎が彼女に成り代わって講堂に入ったのである。すなわち影武者である。そのまま彼女は電気室に向かい、講堂の照明、その管理を行う電源を故意に落とした。

再び講堂に戻った彼女は想像通り、薄闇に混乱する情景を目にする。

その後は大久保卿を狙う宗次郎を牽制する役を担ったのである。



「では内務卿、貴方は今…」

「…水面下で彼を討伐せんと動いてはいる。」

「…」

「だが…兵力、情報網共に膨大なものを持つ志々雄には並大抵の力では太刀打ち出来ない。」




──大久保は最後に呟いた。



「──大蔵大輔時代の井上から君の話を伺ったことがある。」



「…ご存知でしたか。」

「今一度言う。浜坂。君の力を借りたい。」



大久保は蛍の瞳を見据えた。



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