文章(特殊)

□もう何年もその熱に浮かされている気がする
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2.「もう何年もその熱に浮かされている気がする」







「あ゛ー…づらい…」

布団の中でもぞもぞと動きながらニールがひとりごちた。

今現在世間で大流行のインフルエンザにかかったのだ。
朝から熱っぽく、一応昼に病院に行ってみると、ビンゴだった。
会社で流行させるわけにもいかないので、回復するまで会社から休みを貰い、ベットの上で丸まっている。

調子が悪そうなニールに刹那が学校へ行くのを渋ったのは言うまでもない。
ハロとニールに急かされ、渋々といった様子で遅刻ギリギリで家を出た刹那。

ちょっぴり嬉しく思いながらも、保護者代理として甘えてはならない。
甘やかすのは、あくまでも自分の仕事なのだ。

(刹那が、それに準じて甘えてくれた事はないが。)


それにしても、今朝の刹那はちょっと異常なぐらい心配していた。
あいつあんなに心配性だったかなぁと究極の天然を発動させつつ、ふと相棒のハロを見やる。
つい、いつもの癖でスリープモードにしていたのだが、少しだけ眠りたいのでちょうど良かったかもしれない。

刹那に大袈裟に掛けられた重たい布団に潜りなおし、そっと目を閉じる。
喉の痛みのせいで寝苦しいかもしれないが、少しでも寝れば良くなるかもしれないと思いつつ。




「…んー…  …?」

うすぼんやりとした視界で最初に捕らえたのは、居間の明かりだった。

そこから、ハロの明るい音声と、刹那の低い声が聞こえる。
いつの間に刹那が帰ってくる時間になっていたのか。

慌てて体を起こそうとするが、頭痛が邪魔をして、どさりとベットの上に上体を投げ出した。
その音を聞きつけたのか、居間の方から足音が聞こえる。

「…ニール?」

どこか幼い、優しい声音。

「せつ、な」

ニールは荒い息を整えながら、ベットの脇でしゃがみ込み視線を合わせてくれる刹那の髪をそっと梳いて、ふわりと微笑んだ。

「苦しい、のか?」

いつも大人以上に大人な刹那が、ほんの小さな子供のように不安で眸を揺らがせている。
大丈夫、という意味を込めて、ニールは一層優しく刹那の髪を梳くと、「伝染っちまうから、居間に行ってな」と吐息のように話した。
刹那は無表情の中に影を落として俯くと、さっと部屋を出て行った。

その背中に少し淋しく思いながらも、ニールは再び眠りにつくために目蓋を下ろす。

途端、暗くなる視界。
その闇に引き込まれるように、ニールは意識を手放した。




再び目を開けると、刹那がいた。
ベットの端で腕を組み、そしてその腕に顔を埋めるようにして眠っていた。

額にひやりとした冷たさを感じる。
刹那がしてくれたのだろう、氷水で絞られたタオルが乗せられていた。

「…刹那」

まだ氷の浮いている水の入った洗面器を見ると、刹那が眠ってしまってからそんなに時間は経っていないらしい。

それまで甲斐甲斐しく自分の世話をしてくれたであろう刹那に、感謝の気持ちと、愛しさがこみ上げてくる。
きっとこれは、保護者代理としてのものではないのであろうと言う事は薄々気づいていた。

両親が離婚して、引き取ったはずの父親は今頃どこで何をしているかも分からない刹那。

幼馴染のよしみで、ディランディ家に預けられる事になった刹那に、一緒に住もうと提案したのはニールだった。
当時の刹那は中学生だったが、妹のエイミーも中学生で、お互いに気を使ってしまうかもしれないと踏んだのだ。
大学生だったニールは実家から少し離れた場所で一人暮らしをしていて、そこに刹那を招き入れた。

幼馴染みとはいえ年上の女性と住む事になり、最初の頃の刹那はどこかそわそわとしていた。
そんな刹那に、ニールは「本当のお姉ちゃんみたいに思ってくれたって良いんだぞー」と笑ったが、本当は8つも年下の子供のことが好きだったのかもしれない。

ときどき、自分よりも実家から遠い所で生活しているライルが遊びに来て、刹那を引き取ろうかと聞かれたが、転校させるのは可哀想だからと理由をつけて手放さなかった。



今年、高校生になったとはいえ8つも年下の子供に抱いていていいのか分からない気持ち。
ついこの間はそれを抑える事ができずに、一緒に寝てくれとねだった。

その前に、刹那から額にキスを貰ったせいもあるのだが。

日に日に男らしく、格好良く成長していく刹那に、ニールはなんだか嬉しいような、寂しいような、複雑な思いに胸を締め付けられる事が多くなってきた。
無愛想の中で、ふと見せてくれる優しさに、どきりと胸が高鳴ることもある。

「(これは、本当にまずいかなあ…)」

整ってはいるが、まだほんの少し幼さを残す刹那の顔についついと指で柔らかな攻撃を浴びせつつ、ニールは真剣に考え込んだ。

その寝顔を見て、4年後とかにさぞかし良い男になっているだろうなとため息を吐きつつ。


「(いつ、俺はこの子を諦めきれるのだろう)」



まだ、ニールは刹那との未来を、考え切れないでいる。


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お疲れ様でした。

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