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□白い約束
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「約束して下さい、リンク・・・ッ」
今にも泣き出しそうになりながらアレンが言った
「僕に・・・約束、して下さい」
★
雪山に遭難だなんて都合のいいおとぎ話の中だけかと思っていたが・・・
「まったく、今が春だからいいものの・・・ これが冬でしたら本当に死んでいましたよ!?わかっているんですか?ウォーカー!?」
「まあまあ、そんなに怒らないで下さいよ、幸い此処には食料もありますし、屋根のあるところが見つかって良かったじゃないですか。」
外は猛吹雪、二人のいる物置みたいな樵小屋やは洞窟のような少し奥まった所にあったためうまい具合に雪を避けられていた。
幸い、任務も終わり道案内をしてくれたファインダーとも連絡が取れているので命の危険はない。今降っている、季節はずれの大雪も明日の朝にはすっかり降りやんでいるだろう。
コートの雪を払い落しながら、リンクは遭難という信じがたい事実を冷静に考えた。
同じように濡れたコートをはたいているこの少年も「仲間とはぐれるのはこれが初めてではありませんから」などと物事を前向き(?)にとらえている。
12時を過ぎたころから、アレン・ウォーカー
の様子がおかしくなった。
外から吹き込んでくる冷たい隙間風に身を震わせながらうつらうつらしていた時、彼が心配そうに口を開いた。
「ねえ、リンク・・もし今降っているこの雪が明日の朝までに降り止まなかったらどうしますか?」
「降り止むまで待つしかありませんね。」
何をばかなとことを、とリンクが答える
「ずっと、降り止まなかったら?」
不安になったのか、アレンは尚も問いかけた
「何を言っているのですか、そんなこと・・・」
「降り止まなかったらッ!!」
呆れたように答えかけたリンクをアレンは声を上げて制した
「もし、今降っているこの雪が・・・ずっ と、ずっと降り止まなかったら・・・」
小屋の外に吹いている気味の悪い風音が遠のいてゆく
「僕に、愛してると・・・言うって、約束してください・・・ッ」
吐く息を白く変える寒さも、外を吹き荒れる暴風も、何も聞こえなく、何も感じなくなった。
「約束して下さい、リンク・・・ッ」
今にも泣き出しそうになりながらアレンが言った
「僕に・・・約束、して下さい」
★
自分のとった行動に、一つ一つ理由をつけるのは難しかった。
ただ、これまでのこと、心の中の葛藤や、今のこの状態、それら全部が一緒になって、溶け合って、化学変化を起こして・・・こうなったんだと思う。
これでよかったたとか悪かったとか、そんな難しいことは、今の僕にはよく解らなかった。
ただ、嘘でもいい、うわべだけでもいいから、君に言って欲しかった。
君に・・・
★
むき出しのコンクリートの壁。
部屋の印象を一言で言うならば「殺風景」という言葉がぴったりだろう。
椅子はおろか、家具と名のつくものは一つもなく、部屋というよりも小さな正方形の箱、と言った方がそれを正しく表している。
しいて言えば、自分の立っているところの正面の壁に、窓がひとつ、ついているだけだった。
窓には白いレースのカーテンが掛っていて、ハタハタと、実に規則的に風と戯れていたれていた。狭い部屋に明かりはなく、薄暗かったが不思議と籠った感じはしなかった。
部屋の外はおそらく雲一つ無い晴天なのだろう。レースのカーテン通して差し込んでくる陽光はかすんだ光となって彼の足もとで揺れていた。
ふと、カーテンの向こうに人影が見えた。
それが少年で、自分よりも少し年下だということがわかった。けれどそれ以上は白いカーテンに邪魔され、よく見えなかった。
その少年を見ていると、彼の心に憤りにも似た
―――けれど怒りとは対極の
大きなものが膨れ、彼の喉元を締め上げた。
苦しさに息を詰まらせながらこの大きなものは一体何なのか、答えはあの少年が知っていると、彼は思い出したように悟った。
もがくようにして、カーテンを払いのけようとするが風が邪魔をして思うように掴めない。
気持だけが焦る。
体の奥から湧き上がり、喉を圧迫してくるそれは、今にも外に飛び出してしまいそうだった。
何故だかわからないが、彼にとってそれは許すまじき行為のように思えた。だからそうさせまいと必死に抑え込んだ。
否。
そもそも彼はその大きな塊をうまくコントロールする術など持ち得てはいなかったのかもしれないが。
抑え込まざるを得なかったのかもしれないが。
★
アレン・ウォーカーの言葉を聞いて私は数日前に見たあの夢を思い出した。
何故この夢を思い出したのか、夢の中と同じものが私の胸に膨れたからだろうか、カーテンの向こうの少年が目の前の彼と重なったからだろうか、
理由はわからなかった。 探すつもりもなかった。
ただ、アレン・ウォーカーが自分に求めたその言葉―――あまりにも美しく残酷で、非情なほどに優しい言葉が、私の心を苦しめたのだ。
「・・・分かりました」
自分の意に反して口が動いた。そう言ったら嘘になる。だからといって、いやです、と答えるつもりもなかったのだが、
「ありがとう・・・ございます」
短いやり取りで、約束が結ばれた
小屋の外の雪に先程の荒々しさはなく、その雪もやがて雨となった。
雨は暫く降り続いていたが、朝日が昇る頃には雲もそれ、青空がのぞいていた。
いつの間にか少し眠ってしまったらしい。リンクは冷たい体を起こした。
「アレン・ウォーカー、起きて下さい。」
小屋の扉を開けながら足元にうずくまっている彼に声をかけた。開け放たれた扉から、薄暗い樵小屋に曙光が差し込む。
闇に慣れ目がじんと痛んだ。
★
「わぁっ!
すごい!見て下さいリンク!ホラ、一面真っ白ですよ!」
外に出たアレンはコートの裾をはためかし、文字通り一面の雪にはしゃいだ。
「ウォーカー!はぐれないようにして下さいよ!」
雪の白さに目を細めながら、山を降り始めたアレンにリンクが続く
(忘れているのだろうか)
頭上に広がる青空をちらりと見上げてすぐに前を行く彼に目を戻す。
降り止まなければいいなどとは思わなかった
。けれどウォーカーが喜ぶような結果になれば、と
馬鹿げている。
降り止まない雪など・・・
そう、思わずにはいられなかった。
彼の言いたいことがそんなことではないと分かってはいたのに・・・
だから少し、期待していたのかもしれない。
彼がその話をしてくれるのを、
心の何処かで 期待していたのかもしれない
★
結局、アレン・ウォーカーはその事について何も喋らなかった。
(・・・だからなんだというのだ 今はもう、関係ない )
きっとあれは、この少年が遭難という非常事態に直面し、精神不安に至った為に取った行動だろう。数々の修羅場をくぐり抜けて来たとは言え、まだまだコドモなのだ。
深い意味なんてない。 甘えてみただけ、
それだけだ。
ファインダーとの待ち合わせ場所である宿に着いたとき、既に太陽は高く昇り、小川には雪解け水がくるくるとながれていた。冷たい雪をかぶった木々の枝にはもう新芽がひらき始めている。きっと昨晩の大雪も今年最後
になるだろう。
宿屋のドアを開けえる前にアレンはリンクの方を振り返り、微笑みながらある言葉を囁いた。
その言葉は彼、リンクが最も恐れ、最も欲した言葉であった。
宿屋の軒下に出来た氷柱から雫が一滴、春の陽に光りながらぽちゃんと零れた。
「雪が降ったらまた、約束しましょうね」