□翠斗と厚木くん
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紫煙をくゆらせベッドに腰掛ける。
部屋の主はいない。
俺を腰掛けさせてから部屋から出て行ったのだ。
すん、と息を吸い込むと部屋の主…翠斗の匂いが煙と交ざって仄かに香ってきた。
タバコを口に運び、何度目かになる溜め息にも似た息を吐き出した時だ、
不意に扉が開いて翠斗が顔を覗かせた。
愉快犯の猫のように口を歪ませこちらを見、
「ごめんな。寂しかった?」
と裸の足で床を踏みしめゆったり俺の元へ歩いてくる。
その間も始終笑ったままだ。
何故か両手は背後に隠していて、いかにも怪しい。
「別に?」
その観察していた目線を翠斗の顔に移し、素っ気なく返す。
翠斗は特に気分を害した様子もなく、
ただ自然にふーん、と言い俺の真ん前に来た。
俺は腰掛けているから翠斗を見上げるようになる。
普段は翠斗が見上げる方なので新鮮だ。

「なあ厚木、」
「何だ翠斗?」
「口を大きく開けて、ベロ出してみ。」
あっかんべ、と翠斗が俺に舌を見せる。
翠斗の舌は赤くて、舌先が動く度に俺の情欲を誘うようだった。
喉を鳴らして翠斗を見やる。
「はひゃふ。」
恐らく早くと言いたいのだろう。
俺は溢れ出そうになる感情を抑え、翠斗のするように口を開け舌を出す。
俺の従う様子に満足したのか舌を引っ込め、再び口を歪ませ笑う。
「そのままな?うん良い子だ。」
そう言って、翠斗は背後に隠していた両手を俺に見えるようにかかげてみせる。
その手の中にあったものは…
「蜂蜜とスプーンでぇす!」
これ超お高いやつ。
言いながらも機嫌良さげに蜂蜜の蓋を開ける。
蓋が開いた途端、芳しい匂いが部屋に広がった。
翠斗が高いと言ったのも頷ける。

開けたあとの蓋を床に放り、
スプーンで蜂蜜を掻き回す。
そして、
「はいあーん」
なんとスプーンで掬うでなく、
ビンを傾け一気に俺の舌に向かって流し始めた。
「っ、」
ダイレクトにくる粘りのある感じと、それに似合わない爽やかな味わい。
「はは、マヌケ面。」
全て流した翠斗は、今度はビンを床に放り俺の頬を撫でる。
「ベタベタだなー。」
何が可笑しいのかケラケラ笑う翠斗。
俺はされるがまま翠斗に目線をやる。
「良い感じに甘そうだな。
お前ってば普段は苦そうだし?」
おいしそう。
そのまま顔が近づいてきて、
唇が触れる距離で
「そんじゃあ、世界で一番甘いキスでもしようかね。」
と悪人面で噛みついてきた。

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