プラチナ編


□6
1ページ/6ページ

 暴力的ともとれる描写があります。ご注意下さい。






 モミの言ったことはこうだ。
 ソノオタウンに蔓延っている観光客減少と治安悪化には、あのおかっぱ頭の一団が噛んでいることは間違いない。治安悪化した場所にのこのこと人はやってこないものだ。マスメディア的に取り上げられてはいないものの(町長がなんらかの圧力をかけていることは筒抜けだ)、ソノオの花畑観光ツアーはキャンセルの連続、ソノオタウン全体の士気が下がってきているのだ。
 まるで鉄分が足らずに貧血を起こした人間のように。金銭が円滑に回らなければ、町の存続にも関わる由々しき事態。

 そして話の要となる谷間の発電所職員襲撃事件――ソノオが傾いた根本的な原因だ。
 襲撃したのは他でもない、コトブキシティでナナカマド博士と偶然出くわしたコウから『あるポケモン』のオリジナルレポートを奪おうとした連中。

「ここか……」

 ヒカルは独りでに呟いた。

 谷間の発電所。
 「谷間の発電所」とは愛称であり、本来の名称はソノオウィンドファーム。
 谷に吹き下ろす山風を使っての最新設備の風力発電を採用しており、数多の真っ白いプロペラ群がくるくると回っている。生み出されるエネルギー量は相当なもので、クロガネ炭鉱から掘り出される石炭の化石エネルギーとは対をなすものだ。

 ――そして、奴等が狙っているとされる的。

「…………っ」

 息が詰まる。

 別に乗り込んで、連中を懲らしめようとしているわけではない。ただ単に通り抜けてハクタイシティを目指すだけだ。
 それなのに、モミから聞いた証言は、強く脳裏に焼き付いている。

「と」

 後ろから幼い声がした。
 振り返れば、十歳になったかならないかくらいの女の子が、ふるふると怯えるようにしながらも、ヒカルに話しかけてきたのだった。

「トレーナーのおにいちゃんっ!」

 裏返りかけた甲高い声。

「お願い……、おとうさんに会わせてっ!」
「えっ」

 突然の要求にヒカルはたじろぐ。

 それでも女の子は構わずヒカルの腹に飛びついた。

「おとうさんね、もう一日も発電所から帰ってきてないのっ! 今日はあたしの誕生日だからっ、早く帰ってくるからって言ってたのに、電話もくれないんだよっ!」
「そ、それはジュンサーさんに……」
「トレーナーさんっ、おとうさんに会わせてっ!」

 ヒカルの反論も退けられ、女の子はひたすら涙と鼻水で顔(と一緒にヒカルの服)をもぐしょぐしょにして訴える。

「…………」

 唸り声さえ静かに、ヒカルは悩む。
 こんな年端もいかない女の子が人を騙そうと、上手い塩梅で涙線を緩められるのは考えにくい。モミと同じように、それではヒカルは誰も信じられなくなってしまう。

 ヒカルは深く深く海よりも深く溜息を吐いて、ぽっきり折れたことを示した。

「分かったよ」
「……え?」

 もう一度言う。

「分かったって言ったよ。それとも一緒に行くのは不満かい?」

 女の子は、ぐいと腕で目を擦って涙を拭い、赤く腫れ上がった目に希望の光を灯して、大きく何度も不満さを否定してはにかむ。

「うんっ!」

 邪気がなさすぎる笑顔。頑張らなければならないという気持ちにさせる表情だ。これにはヒカルも白旗を上げざるを得ない。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ