プラチナ編
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あの後ジュンは、走り去って行ってしまった。
歯を食い縛った悲痛な表情は、怪我が完治したヒカルの胸にも暗い影を落としている。
ハクタイシティを目指すヒカルが歩くのは、ハクタイの森。
あのフラワーショップ・いろとりどりの女主人であるモミが怖いのだという森の洋館がある、木漏れ日零れる森林だ。今はもう夜。木漏れ日ではなく青白い月光が滴り落ちる様は、どこか神々しさを感じさせる。
森の洋館――その昔、このハクタイの森に裕福な家族が豪奢な洋館に住んでいたのだが、とある事件から無人の廃墟となっている。現在はシンオウで有名な心霊スポットとしかないのだが、外観といい内装といい、原形をある程度留めているのが特に不気味なのだと、ポケモンセンターのロビーで見た心霊番組でそう煽っていた。
その木々覆い茂る中に、ヒカルは見覚えのある人物を発見した。
普通考えれば、その人物はこのハクタイの森にいるはずのない人物であった。
「も、モミさん!?」
「え、あ……ヒカルさん、ですか?」
近づいてみると尚更分かる。その新緑の長い三つ編みと穏やかな物腰は、モミであることをこれでもかと物語っているのだ。
「どうしたんですか。確か、ハクタイの森は苦手だったはずじゃ……」
「は、はい。苦手ですが、どうしても早くハクタイシティに行かないといけないんですよ……」
両肩を抱くモミは、目尻を赤くして足を竦ませながらも、はっきりとした口調で言い切った。
「友達に、今回の件を伝えないと……」
「友達? 失礼かと思いますが、電話じゃ駄目なんですか?」
それならばモミがわざわざ怖い思いをして、この森を歩かなくてもいいだろう。
「とても、忙しい人なんです。仕事が仕事だからですが、電話だと本人に直接繋がらないんです。何回か試してみましたが……、やはり駄目でした。……ヒカル君が襲われたっていう一団について、ここ数日のニュース番組を見ても全然報道されてませんし、まだ現状がつかめてないとはいえ、あたし、その友達が心配で心配で……」
モミの焦りようは度を越している。まとっている悲痛さにいたたまれなくなって、ヒカルは尋ねた。
「モミさんの友人さんが、どうしてそんなに危険なんですか?」
「ギンガハクタイビル……」
その単語に、ヒカルは戦慄した。
「あたし知っているんです。ハクタイシティのポケモン像の奥手に、そんな名前のビルディングがあるって」
モミは続ける。
「それって、明らかに関係がありそうじゃないですか。ただ同名のビルってだけで考えすぎかもしれませんが、それでもコトブキシティ・ソノオタウンときて、道順的にハクタイシティに飛び火したっておかしくありません」
ひどく的を射ている台詞だ。
だからこそ、肝を冷やす戦慄は引くことを知らない。
「ヒカル君、くだんの友達はですね――ハクタイシティジムリーダー・ナタネさんなんです」
「え?」