プラチナ編
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館の中は、とても、とてつもなく荒れていた。
一対だったはずが、片方が欠けてしまったドラゴンポケモンの銅像。
使われなくなって何十年経ったか分からない、テレビをはじめとする電化製品。
それでも今尚朽ち果てているかと言えばそうではない。朽ちていく中途の状態。時間がゆっくりと噛み砕いている刹那。だからこそ、人の心に巣食う恐怖を掻き立てる。
モミとキノのいる玄関ホールの前方に構えられていた扉――食堂の戸だったわけだが、中を覗くと恐怖心が更に沸き上がった。埃かぶった食器、皺一つないくすんだナフキン、芸術的な装飾が刻まれた燭台が不気味さを煽った。
がたんっ、物音がやけに大きく響く。
「っ」
見れば、虚ろな目をした老人が、どことも知れぬ方向を向いて立っていた。こんな荒れ果てた館に館に老人なんているはずがない。ならば正体は――意を決して、ヒカルは話しかける。
「あ、あの、ぼくは」
歯切れの悪い台詞も最後まで言い切ることはできず、老人は悲しげな瞳をこちらに向けると、大気に溶けるように消え去った。
幽霊。
本物。
不協和音の嘲笑が飽和して反響する。
老人の声とは違う、老若男女の笑い声をないまぜにしたような不快な騒音だ。
「…………っ」
やはり怖い。怖いものは、やはり怖いものでしかない。けれど幽霊なんかよりも怖いものを知っていた。
無力な少女の腕を、なんの躊躇いや疑問も持たずに、まるで割り箸を割るような感覚で圧し折ろうとし、無垢な女の子を実の父親の前に晒し者にする――そんな、人を路傍の石と同じに見る人間が、なにより幽霊より怖いということを。
「そんな不確かなものよりも、人の方がずっと怖い――ラズワルド!」
凛とした声が響く。
「あわ!」
ラズワルドのあわは声の主に直撃したらしく、きぃぃぃ! と幾多の嘲笑が変化した。
「ゴース……!」
ガスじょうポケモン・ゴース。全体が紫色のガスのように曖昧な気体で構成されており、こうも窓から差し込む月明かりしか頼れる光源のない状況下では、その忌々しい姿も肉眼で視認できなくて当然だ。
きっと、ハクタイの森で出くわしたあの紫の炎もゴースだったのだろう。
真実の尻尾は掴めた。
ならば幽霊など、単なる野生ポケモンでしかない。
きぃぃぃ! というガラスを爪で引っ掻いた時のような悲鳴を上げ、ゴースはあの老人のように消え去った。