ファイアレッド・リーフグリーン編


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 お月見山といえば、ニビシティとハナダシティを結ぶ大きな洞窟であると共に、その昔隕石が落ちたことで今尚有名な場所なのだ。
 この山でしか採掘されない月の石は、ポケモンの進化に重要な物品であり、また宇宙からやってきたとも仮説される貴重なポケモンも生息しているがため、名前を大々的にする事項はそれこそお月見山の大きさほどあるだろう。現在は十分に舗装されており、必要に応じて懐中電灯も無料でレンタルできるので、新米トレーナーなトモエにとっては難易度の低いはず……であった。



「……成程ねぇ」

 お月見山前のポケモンセンターの壁には、タケシの言っていたとおりの内容が書き記された張り紙がされていた。

「なになに、『黒服の一団がトレーナーを襲撃する事件が多発しております。お月見山を越えてハナダシティに向かう人はくれぐれも気を付けて下さい』……か」

 道がてらに捕まえたポッポ――もとい、ぽぽさんのモンスターボールを見つめながら呟く。
 わざわざマサラタウンに出てすぐの一番道路にも生息していたポッポを、ここにきて捕まえるのにはわけがあった。

「あー、ぽぽさんは進化したら素晴らしい鳩胸になるんかなー。ふふふ、楽しみだなぁ」

 そう、このぽぽさんこと、ポッポの綿毛のようになめらかで空気のようにやわらかな羽に惚れ込んだからだ。
 道端で見つけた時のトモエときたら、もうそれは餌に群がるオニスズメの群れよりもすさまじかった。にやけっ面で捕獲に勤しむ姿は、道中のトレーナー達に無言の恐怖を植え付けたことだろう。

 今もこうしてモンスターボールを片手に、にやりと微笑むトモエは、傍から見れば甚だ不気味に見えるはずだ。


 ぴんぽんぱんぽん、と木琴の音色に乗せて、館内アナウンスが響き渡る。

『――――えー、七番の札をお持ちのお客様、七番の札をお持ちのお客様。ヒーリングが完了致しました。一番カウンターまでお引き取りに来て下さい。もう一度繰り返します。七番の札をお持ちのお客様、七番の札をお持ちのお客様。ヒーリングが完了致しました。一番カウンターまでお引き取りに来て下さい』
「お」

 待合室のソファでくつろいでいたトモエはすくっと立ち上がる。

「ぽぽさんは新入りだからなー。だねさんとぴかさんにも慣らさないといけないし」

 ボールを放り投げてぽぽさんを出す。くるっくー! と元気な声を上げて、一番カウンターに向かうトモエの肩に乗っかった。

「あ! ジョーイさーん! 七番札の者ですー!」
「はい、それではトレーナーカードのご提示をどうぞ」

 ジョーイさんの言ったトレーナーカードとは、ポケモントレーナーであることの証明書のようなものである。運転手には自動車免許が必要なように、ポケモントレーナーであるためにはその証が必要なのだ。
 またポケモントレーナーには若年層も多々いることもあり、身分証明書や電子マネーの役割も果たす優れ物。万が一奪われたとしても、指静脈認証なので悪用はできない。

 凄いことが小さなカード一枚にぎゅうぎゅうに詰まったものだが、とにかくポケモントレーナーにとってこれ以上なくしてはならないものはないのだ。そして、公的な宿泊施設であるポケモンセンターを利用するには、これが必要不可欠であり、トモエも「ほい」と軽く言いつつもちゃんと提示した。
 ジョーイさんがカードリーダーに通すと、トモエは機械に人差し指をちょこんと乗せる。

「……、……はい。本人認証完了しました。それではモンスターボールをお持ちしますので、少々お待ち下さい」

 ポケモンセンターの徹底した認証システムには目を見張り、舌を巻くものがある。ポケモンを預ける時で一回、ポケモンを預かる時で一回、計二回は認証するのだ。やはりトレーナーのなにものにも代えがたいパートナーを――オンリーワンの命を預かる重要な役目を担うところであるが故の配慮なのだろう。

「――はい、フシギダネとピカチュウです。二匹共元気になりましたよ」
「ありがとうございますー!」

 トモエは嬉しさを前面に押し出したとびきりの笑顔でお辞儀した。

「よぉし!」

 ぽーんとトモエは戻って来たばかりの二つのモンスターボールを放り投げる。軽やかな音を立てて、だねさん・ぴかさんが飛び出し、ぽぽさんも合わせて三匹揃い踏みだ。

「回復薬とか食糧とかも買ったし、一日二日お月見山を越えるのにかかったとしても、これで大丈夫!」

 順風満帆さ! とトモエは勢いづく。

「さーて、それじゃあ出発しようか…………ん?」


 一歩踏み出したトモエの目に飛び込んできたのは、見覚えのある姿だった。
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