ファイアレッド・リーフグリーン編
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黒服の少女との邂逅の後、節々が痛む体を引きずりながらもトモエ達は、水の町・ハナダシティへと辿り着いていた。
「うーん……」
ポケモンセンターのロビーで、頬のガーゼをさすりつつ唸る。
サンドパンのすなじごくで吹っ飛ばされた時の怪我が痛んで唸っているわけではない。
「原初のポケモン、ねぇ……」
一晩経ってもこれだ。あの台詞とピンク色の尻尾が忘れられない。
「原初ってことは、一番最初――ポケモンで一番最初に生まれたってことだよなぁ……」
再び「うーん」と唸る。
普段くよくよと悩むことのないトモエにしてみれば、かなりどころか生まれて初めてに等しい行為だ。
だからなのか、仕返しに驚かしてやろうかと背後に近付いていた人影は、血相を変えて心配してやって来た。
「お、おい! なに悩んでいるんだっ? お前、トモエだよな!? ドッペルゲンガーとかじゃないよな!?」
「おーシゲルかぁ。ちょりーっす」
「ちょりーす……じゃねぇだろが!」
シゲルのノリツッコミが見事に決まった。
「どうしたんだよ!? お前らしくもない……ってか、お前じゃない!」
「うーん…………あ」
トモエはなにか閃いた様子で手をぽんと打つ。
「じゃあ、ポケモン研究の第一人者として知られているオーキド博士のお孫さんであるシゲル君に質問だけど」
「いいぞいいぞ、今日の俺は出血大サービスだ。大体のことは答えてやる」
「――『原初のポケモン』、ミュウって知らないかい? 青い円らな瞳で、ピンク色の体に長い尻尾なんだよ」
「……んん?」
トモエが質問した途端、シゲルは腕を組んで首を傾げる。
「いや、俺は知らない。そんなに特徴がはっきりと分かっているのに、俺がまるっきり知らないなんてなぁ……」
オーキド博士の孫であるシゲルは、幼少の頃から研究には親しんできた。常人よりも、ポケモンの知識に関してはかなり秀でている。
なのに寡聞にして知らないとなると、原初のポケモンとはひょっとするととんでもない存在なのかもしれない、とトモエは僅かながらも気付き始めていた。
「助力に慣れなくてごめんなー」
「いやいや」
そっけないが歯に着せぬ口調のトモエ。
「逆に混乱させるようなことを言ったアタシが悪いさ」
「まー、俺も調べておくよ。それはそれで俺も得しそうだし」
「現金な奴だな」とトモエは、かかかっと笑う。
「んじゃまー、シゲルの方も頑張れよ――――詐欺に遭わないように」
「てめえええええ! 絶対に調べない、俺の心の古傷を抉るような鬼女に手を貸すような無様な真似はしない!」
「じゃあ前言撤回ってことかい」
「ふん! せいぜい次会った時にバトルでは勝てるようにしておけよ……じゃあな!」
シゲルは右手をひらひら上げると、踵を返して去っていった。
一見、癇癪を起して行ってしまったように見えるが、この程度で気を変えるようではシゲルがシゲルたる所以は根こそぎ消え失せたといっても過言ではない。
詐欺師のような性格をしたサトシも、人を小馬鹿にするトモエも、共に10年に及ぶ付き合いなのだ。シゲルは短気に見えて、実のところ誰よりも気が長いのだ。あのように短気なふりをするのは一種のポーズであり、実際に癇癪を起しているわけではない。嫌々養われてしまったというか、嫌々培われてしまったというか……。
「あと!」
出入り口前で、シゲルが前を向いたまま言う。
「岬の方に有名なポケモン研究者がいる! そこを訪ねてみろ!」
これだから。
これだからシゲルはシゲルなのだ。
「ああ!」
トモエ元気良く応える。
シゲルは軽く手を上げると、ポケモンセンターを出た。