ファイアレッド・リーフグリーン編
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以下、トモエの回想。
「――いやぁ! おおきに、おおきに!」
焦げ茶色の癖っ毛を振り乱して、動きやすそうなポロシャツにスラックス姿のマサキは、サトシとトモエの手をぶんぶんと握手する。半泣きに等しい表情なので、その勢いというか籠っている感情を考えると、無下に振り払えないのがまた厄介だった。
「ピッピちゃんは、わいにまた笑顔を振りまいてくれるようになった! わいも元のポケモン研究者でいられる! それもこれもみんなみーんなあんさん達の御陰や!」
マサキの足元には、嬉しそうな満面の笑みを湛えてぴょんぴょんと飛び跳ねるピッピの姿が。
分離は成功したのだ。
「いいえ。俺はなにもしていないです。発案者はトモエですし」
「一歩下がる姿勢はええんやけど、こういう時は素直にお礼を述べるのが賢い生き方って奴やで」
「……どうもありがとうございます」
小さく会釈をするサトシ。
「もうばんばんと転送システムを利用して、パソコンに送ってくれなはれ!」
「あ、そうや」と一人ごちすると、マサキは資料や部品でごった返す机の上をまさぐる。
「これ、あんさん方に――――って、一枚しかあらへん」
マサキが突き出した手に握られていたのは、少々皺くちゃになった長細い船の写真だった。船体にスピアーの巣のようにびっしりと窓が敷き詰められ、どっしりとふとっちょな白い客船だった。
二人は顔を見合わせると、トモエが受け取る。
「『サント・アンヌ号』……船上パーティ特別招待チケット?」
見る限り豪華客船の絢爛なパーティに入れるというものだった。
「そや。現在世界一周中で、丁度クチバシティに停泊しとる。豪華絢爛、超に超が重なっても尚足りぬ、上流階級の特権持ちである世界のVIPが持て余し過ぎた暇を潰すために、その乾いた好奇心を満たすためだけに存在するとまで揶揄される奇抜な客船。規模はそんなんでもないんやが、とにかく贅の限りを尽くした趣向が施されているんや。それで、わいの話を直接拝聴したいってな、招待されたんやが……やっぱりあんさん達みたいな、ポケモンと向かい合う時に理論を用いないトレーナーがええやろ」
「はあ……そう言われると是が非でも行きたくないですね」
今にもここから逃げ出しそうなサトシにマサキは、「まー世界の著名人と言うても、ポケモン関係には疎い連中ばっかりらしいわ。そんで、自分がポケモンを扱うことに慣れてひんから、凄腕トレーナーをわざわざ呼びつけてサロン形式で個人パーティなんぞやっとる奴もおるようやからな。それだけでわいがポケモンの研究しとると費用なんぞ、ぽーんっと飛ぶさかいに。それにポケモンは譲渡・交換はできても売買できひんからな。捕獲に慣れてないぼんぼんは、ペット代わりの愛玩用しか連れられないからな」と意味もない長台詞で緊張を解かせようとするが、表情筋の凝り固まった様子を解かせることはできない。
サトシの詐欺師じみた振る舞いも、身内の人間だからこそできるもので、会ったばかりの人間に行うことはまずない。
周囲は世界的著名人ばかり、得意のリップサービスも通用するかどうか怪しい。ツーアウトの状態でマウンドに立っているような中に、自ら身を投じるなんてことはあり得ないだろう。