ファイアレッド・リーフグリーン編
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意味不明な少女との邂逅。
SPと謎のケーシィの出会い。
それらの現象は、ただ過ぎゆく事柄として記憶の本流の水底へと落ちていった。
トモエもまた例外ではなく、緊張から解放された次の日には水に打たれただねさんのように喜々とした表情を浮かべ、クチバシティ独特の煉瓦造りの小洒落た港町を歩いていた。潮風がひんやりと吹き抜ける。
夕暮れ時ではない、日の差す午前中だ。
目の前に大きな建物が迫ってきて(否、こちらから進んで近づいていったに過ぎないのだが)、トモエは足を止めた。
「クチバジム……」
カスミのいるハナダジムでは対戦を行わなかっただけに、本当は1ヶ月に満たない出来事のはずがやけに久しいように思えてしまう。
それほどに、ジムリーダーとのバトルは密度があるということなのだろうか。
1秒が1時間に感じてしまって、刹那が永遠になる。
「よし」
あの血沸き肉躍るバトルが待ち遠しい。
トモエは早くもトレーナーの職業病を患ってしまったようだ。
けれどそれ以上に、心のどこかに残留したもやもや感を取っ払ってしまいたいという方が強かった。
ゆっくりと腕を伸ばし、扉に手をかける。
そして一気に押し開いた。
「たのもぉ! ……って、え?」
そして必然的にトモエは少子抜かれることとなった。
ジムは外観よりもずっと狭く、一面プラスチック製のよくあるごみ箱が数多。へたすると100個近くあるだろう。ゴミ箱の畑といった光景だ。
「おー挑戦者か」
ジムトレーナーらしき一人が答える。
「うちのジムリーダーは元軍人でな、かなり用心深い性格なんだ。このゴミ箱の中に何個かあるスイッチを2つ正しい順番で押すと、そこの壁が開く仕組みになっている」
親指で指し示したのは奥の壁だった。しかしよくよく見てみると、ワゴン車のドアのようになっていた。
「隣り合っているゴミ箱の中に、2つ目のスイッチがある。ただ、ダミースイッチも多く紛れているから、根気よく探せよ。中には途中放りだして諦めちまう奴も少なくない」
トモエも苦笑しつつ、自分もそうなってしまうんではないかと幻視してしまいそうになる。
「が、頑張ります……」
自信を奮起したくてもしきれないような弱々しい声で、トモエは答えた。
とりあえず、人間一人だけの力では日が暮れてしまうだろう。三人寄れば文殊の知恵と昔から言う通り、一人でうんうん唸っていてもえてして良い案は浮かばないものだ。
「だねさん、ぴかさん、ぽぽさん!」
フシギダネ、ピカチュウ、ピジョンが次々とモンスターボールから元気良く飛び出した。
こうしてみると、いち早く進化したぽぽさんが大きいことが見て取れる。ポッポの頃は肩に乗せることもできただろうが、小さい子供一人はある体重では腕に止まらせることもできないだろう。
少し、寂しく思う。
「じゃあだねさんはアタシみたいにゴミ箱を一個一個漁りながら、ぴかさんは嗅覚で違う匂いを辿って探して、ぽぽさんは天井付近から特性のするどいめで視覚的に。それじゃあ――開始!」
時々ジムトレーナーとの対戦を挟みつつ、トモエは血眼になってゴミ箱を漁り続けた。
それから数時間後。
「み、見つからない……」
高くにある窓から差し込む日光は、真南を過ぎて傾き始めている。焦りよりも己に膝を折りそうな気持ちに侵されつつあった。
スイッチも幾度となく押した。けれど二つ目が運悪く外れるのだ。しかも2つ目のスイッチがハズレだった場合、スイッチのパターンが自動的にリセットされてしまうようで、どこか本物のスイッチなのか偽物のスイッチなのか、つぶさに分からなくなってしまう。
「あーっ! 勝った奴、どんだけ気が長いんだよ!」
トモエは小さい子供がぐずるように、ばたりと仰向けに倒れてしまった。
気が短い……ということは特別ないのだが、それでも怒りのフラストレーションのキャパシティが無限というわけでは勿論ないので、半分拗ねているような状況だ。
「……」
トモエは黙り込む。
「……簡単なマップでも作ってみるか」
どっこいしょと起き上がると、肩掛け鞄からレポート用ノートとシャープペンシルを取り出した。探索作業中だっただねさん達も集まる。
「ええっと、ここがスイッチで、隣が空で――」