エメラルド編


□1
1ページ/6ページ

 トラックが止まった衝撃で枕代わりにしていたダンボール箱に頭を打ち、ハルカは眠りの淵から引き上げられた。

 薄暗く、梱包された荷物が雑多にあるトラックの中で、ゆっくりと現実であることを知ったわけだが、言葉にならないような、酷く嫌な夢を見た気分が付きまとう。慣れないトラックの荷台に乗ったからなのか……とハルカは思案するも、その行為によって悪夢の余韻が払拭されるわけもない。眠る前の、新たな街への引っ越しにおける胸躍らされる気分が台無しとなってしまった。

 それはハルカという存在からの視点だったのか、それはすでに分からくなってしまったことだが、なにやら大事なものを落としてしまった瞬間のような、なにやら大切な人と別れてしまった刹那のような、心細く哀しい物語だった気がするのだ。ポケモンが「ゆめくい」を食らったら、きっとこんな感じであろう。


 世界が崩壊していく。
 世界の幕引き。
 世界のピリオド。
 灰色のもやもやがどくろを巻いて鎮座する、どうも調子が悪くなりそうなイメージ。


「ハルカー、お疲れ様。着いたわよー」

 自身の母親の呼ぶ声で、よっこらせと体を起こし、陽射しの眩しい外へと飛び出した。

 母は「長い間トラックに揺られて大変だったでしょ?」と愛娘の調子を尋ねるも、ハルカは知ってか知らずか「んー、特には」と生返事。髪の色は母親似であるものの、性格はどうにも母親似ではない様子である。
 刺すような陽光に何度か瞬きをし、目が慣れると、そこには瓦屋根の二階建て住宅があった。このミシロタウンでの、新たなる住まいだ。

「どう、ちょっと古風なところが素敵でしょ?」
「まあ……、確かにね。でも私は早速旅に出ちゃうんだよ。あんまり関係ないようにも思えるけど」

 先程よりは主観の混じった返答であったが、どうにも薄い反応に苦笑してしまう母。憎まれ口を叩く様は、一体誰に似てしまったことなのやら。
 知ってか知らずか、ハルカはモンスターボールのマークが入った緑色のバンダナの位置を直していた。

 とにもかくにも、ハルカは前々から引っ越した当日中には旅に出ると決めていたのだ。少々過保護な母は勿論驚愕したのちに反対したのだが、ハルカは父親譲りの頑固さで撤回しようとは全くしなかった。ハルカの父親もまた、ポケモントレーナーとして日々鍛えているのだ。

「まあとにかく、オダマキ博士には挨拶して出てね」
「はいはい」

 無気力な言葉でひらりとかわす。

「それじゃあハルカ――無事に、帰ってきてね」
「分かってるよ」

 家の内装を見るまでもなく、ハルカは旅支度がぎっしり詰まったウエストポーチを抱えて、そのまま母のもとを飛び出した。


「いってきます」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ