エメラルド編


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 あれから結局、ハルカは一睡もできずに朝を迎えることとなった。



 それでもこのまま引き籠り生活を送るわけにもいかなかったので、自動運転モードで起床し、ポケモンセンターのヒーリングルームで一夜を明かしたコダックを引き取りに行った。萎んだ主人を尻目に、元気が充電された状態で帰ってきた。

 ハルカは若干コダックを羨ましく思ってしまう。が、羨望の眼差しを向けていてもスタート地点にさえ到達していたいのだと、今日という一日を始まらせるがため、食堂でたまごサンドを無理矢理胃に詰め込んでいるところなのだ。


 傍から見ると、これがあまり良い光景ではない。

 うら若き乙女と称される年頃の女の子が、口の周りにたまごフィリングを付着させながらサンドウィッチを口の中へと押し込む様は、早食い競争の世界大会を見ているような有様だ。
 早食い競争の世界大会を非難するわけではないが、「味わう」という食事の中心にあるはずの行為を一切破棄している凄いと言えば凄いの一言に尽きるが、それに比例して見ていると気持ち悪さが胃の辺りに発生してしまう。

 そのうえやつれた彼女の双眸の下には、くっきりと黒いルナトーンが鎮座しているのだから益々見栄えが悪い。

「席、座らせてもらいますよー」
「あー……はい」

 覚醒から小一時間は立っているはずのハルカは、相手の顔も見ずにどうでもよさ気な返答。

「――おいおい、そんな食べ方じゃあ女の質が落ちるぜ?」

 話しかけられたハルカ自身は「馴れ馴れしい男の人だなあ」と嫌悪感を抱いていたが、男の言うことはもっぱら正しい。と言うか、よくぞまあこんな食欲減退の元で食事をしようと思うとは、とアチャモをはじめとするジグザグマ・コダックはテーブルの下で、極力ハルカを見ずにポケモンフーズをつつきながら宇宙人でも見るような目で、かの男(の逞しい足)を眺めていた。

 おえっぷとなりながら最後のたまごサンドを収めたハルカの向かいの席に、男が一人ベーコンエッグとシーザーサラダとトーストのワンプレート(と言っても大きさはラージサイズだ)を持って腰掛けてきた。ポケモン達がハルカ側に退避する。
 ユウトと出会った時のデジャビュを感じさせる一幕であったが、当のハルカはまるで感じずに、「えーあ、はい」とだけ返した。

「それに、後で吐瀉物になっても知らないぞ」
「よく言いますね。名前さえ知らない人間に……。馴れ馴れしい人間だって言われませんか?」
「別に馴れ馴れしいだなんて言われた試しはねぇな。日ごろの行いがいい所為かね?」

 男は軽妙洒脱なふうに言葉を紡ぐ。

 そして、ハルカにとって聞き捨てならない台詞が飛び出してきた。
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