エメラルド編
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「…………で」
ハルカは言った。
ただ一つ、「で」という発音だけで胸中に渦巻く全ての拒否感を露わにする。
「仕方ないだろう。トウキ君もジムリーダーなんだ、急に忙しくなって僕に仕事を任せたって不思議じゃあないよ」
昨日の激闘も冷めやらぬ中、トウキの提示した契約の内容(すっかり忘れてしまっていたのだが)を果たそうと、明朝トウキ自ら船を出してくれることになっていたのだが……。
「なんだい、その顔は」
「…………」
むすっとした表情のハルカに対し、怪訝そうに形の良く薄い唇を尖らせる。子供みたいな動作だ。
今現在ハルカの目の前にいるのは、ラインの入った値の張りそうなスーツを赤いスカーフで飾り、氷色の髪と瞳が良く映える――他ならぬダイゴであった。
そのなだめるような微笑も、紛れもなくダイゴのものだ。
ダイゴ以外のなにものでもない。いや、微笑一つで人を不整脈にできる人種の知り合いは、ハルカは一人しかいなかった。
「なんであなたなんですか……」
げんなりとハルカは言う。
「ふふふ、こんなナリでも結構有名なものでね」
ダイゴはそう言うと口元に指を添えて笑った。
石の洞窟で微笑を見て飛び出してしまったハルカにとって、これほどまでにやりづらい人間も珍重だろう。
というか、ハルカの今の気持ちを言葉にすると、自分の黒歴史を他人に知られてしまった時のようなある種の恥ずかしさがあった。
「まあそれよりも」
まずはだ、とダイゴは目線をハルカと同じ高さまで中腰姿勢になると、先程よりも磨きのかかった笑みを湛えて。
「ジム戦勝利、おめでとう」
と低い囁きを持って言った。
これだけでもハルカは赤面ものなのだが、張本人兼主犯のダイゴはまるで気づいていない様子で、目を逸らしたハルカに首を傾げる。
ああ、下に恐ろしき、天然タラシ。
ハルカはしみじみ思った。
「さあ、僕も一応カイナシティ側に用事があるから、早いところ行っちゃおうか」
意気揚々と歩き出したダイゴに、ハルカは一抹どころがどっさり俵一つ分の不安を感じずにはいられなかった。
一番不安になっている項目を尋ねてみる。人間確認は多く行う方が安心できるというものだ。
ハルカは口を開いた。
「それで……」
「ん? なんだい、ハルカちゃん」
さも悪びれる様子もない無害さを内包した氷色の瞳がこちらを見つめる。