エメラルド編
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「じゃあ僕は自分の用事に徹するよ。……ああ、そうだ」
ダイゴは胸ポケットに入れていたメモとボールペンを取り出し、なにやらさらさらと書いてハルカに手渡した。
2つ折りにされたメモには、11桁の数字が書かれていた。誰しも一目で分かる、これは電話番号だ。
「僕のエントリーコールのナンバー。なにかあれば連絡してくれて構わない」
勝手にそんなことを述べると、ひらひら手を振って駆けて行ってしまった。まったく嵐のような人間だと思うには僅かばかりの時間を要した。
「……はぁ」
緊張の糸が切れると同時に、自然と嘆息する。
自分が面と向かっても怖気づかない日は来るのだろうか……いや、その前に。どんな経緯があろうと、元チャンピオンでデボンコーポレーションの現社長の一人息子さんの電話番号を渡されてしまったのは、もしかしなくとも凄いことなのでは? とやっと思考を巡らせていた。
「とにかく、届けなきゃ」
情けなさよりも使命感の方が勝り、ハルカはカイナシティの名物である市場を横目に見つつ、歩き出した。
カイナシティは海辺の町。
有名なのは市場以上に造船技術で、ホウエン地方随一の名を誇っている。造船の歴史は海の科学博物館に展示してあり、その最新の造船技術を司るのがクスノキ造船所だ。
ツワブキ社長からの依頼は、海の博物館館長兼クスノキ造船所所長のクスノキさん(通称・クスノキ艦長)にデボン製の船のエンジン部分のパーツを届けること。
クスノキ造船所は町の中心部に構えており、まさしく船の工場という表現が良く似合う。煉瓦造りの巨大な建物は圧巻の一言に尽きる。
「す、凄いなぁ……」
傍らに立つワカシャモもジグザグマもコダックも、口をぽかんと開けている。
少し足が竦んでくるが、依頼を果たさなければ意味がない。大企業デボンコーポレーションを敵には回したくない。
「とにかく入ろう」
3匹が順番に頷いて、ハルカは建物の体内へと入っていった。
「――え? クスノキ艦長かい?」
ハルカの質問に答えたのはツガさんという人だった。クスノキ造船所では設計士として勤めているらしく、大分薄くなった頭を掻きながら困ったように呟いた。
「ごめんね。クスノキ艦長は今海の科学博物館で特別講話中なんだ。終了時間までもうすぐだと思うから……これ、持って行って」
書きかけの新しい船の設計図が広げられた机に置いてあった透明なケースから名刺を取り出すと、捨てたように放り投げてあったマルチライナーで「TSUGA」と筆記体でサインした。ありあわせで作成した証明書代わりらしい。
「こんな造船所に見学ではない別件で来るトレーナーさんといえば、あちらから連絡を頂いているからね。一応大事をとってクスノキ艦長を通してからじゃないと受け取れないんだ。わたしは一設計士でしかないからね」
二度手間になってしまったが、任務遂行まであと少しなのだ。ゴールテープは目前にある。
致し方ないかと、ハルカは面倒臭さに頭を抑えつつも、港近くにある海の科学博物館を目指した。