エメラルド編
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シダケタウンに帰っていくミツルの背中を見送った後。
「ん?」
地平線に近くなった太陽は、ハルカとユウトの背丈よりずっと長い影をコンクリートで舗装された道に落としていた。
そんな2本の影に折り重なるようにして、もう1本、むっくりとした影が。
2人の背後に誰かが立っていることに他ならないことだと、測ったようなタイミングで恐る恐る振り返った。
薄い白髪頭に、同じく白髪になった顎髭。
お爺さんと表すのが丁度良い年齢の男性ではあるが、まだまだ現役と言わんばかりにしゃっきりした背筋に、ジャンパーを着ていても分かるずんぐりむっくりな体。
それに品定めをするような目には怖気づいてしまう。
「んん? んーんー? んっ?」
瞳の奥まで覗き込むように顔を突き出してくるので、ハルカとユウトは思わず一歩、また一歩と後ずさる。
そうして名も知らぬお爺さんは大きく腕を広げた。
「おおおおおっ! お前さん達だったのか! ニューキンセツを止めてくれたのはっ!」
「えっ?」
状況を飲み込むよりも早く、ハルカとユウトは目の前のお爺さんに感動の抱擁をされていた。
「ありがとう! いやーありがとうよぉ! わしも心配していたんじゃ、発電機の暴走に気付いたのはつい最近のことじゃったし、なによりジムリーダーの仕事でなかなかわし自身が赴くことができなかったのじゃ……。ジムトレーナー達も向かわせたいが、いかんせんわしのジムは電気タイプがエキスパート。電気に電気では、埒があかないっ。そこでお前さん方がシステムを停止してくれたんじゃろう! いやぁ嬉しいのぉ! わしはとても嬉しいぞい!」
「じ、ジムリーダーっ?」
ハルカとユウトの声が上手く重なり合い、熱い抱擁から解放されたのはほぼ同時であった。
「おおそうだよ。キンセツジムリーダー・テッセンじゃぞいっ!」
互いに目を見開き口をぽかんと開けた間抜けな表情のまま、古株のジムリーダー、その言葉が脳裏で反響する。
ハルカ的には、もっと威厳のあるお爺さんかと思っていたので、予想を斜め上に行く人物像であったことは言葉にしなくても分かるだろう。
「お前さん達のことは、ニューキンセツに生息しているコイル達の動きが変わったと知って、そこでのぅ」
「あ、あの……」
ユウトが勇気を振り絞って声を出す。
「俺達はジム戦を挑みに来たんですけど……」
「おおおお! そうじゃったそうじゃった、言い忘れておったが――ほれ」
そう言うと手を放し、テッセンはズボンのポケットから小さな金属片を取り出し、ハルカとユウトの手の平に無理矢理捻じ込んだ。
「ニューキンセツを止めてくれた二人にご褒美じゃ――ダイナモバッジ、このキンセツジムの勝利の証じゃ!」
「なっ」
「別にジムバッジは、ジムリーダーと戦って勝利しなければもらえないということはないぞ。町に貢献した、ジムリーダーの定めた試験をクリアしたからと、バトルなしでもらえることだってある」
だから、ニューキンセツを止めてくれたお前さん方は、なにもしなくともジムバッジをもらうだけの資格があるってことじゃわい!
――と、テッセンは豪快に大口開けて笑った。
なんと太っ腹なジムリーダーなのだろうか。それもこれも積み重ねられた年輪の生み出すものなのか。
そのどちらかなのかもハルカは分からず、半ば拍子抜けられてしまった感じは否めないのだが……。
「でもまあ……」
ハルカは思う。
「こんな勝利でもアリかな」
手の平の中で夕陽の当たる角度により、きらきらと橙色に表情を変えるダイナモバッジを見つめながら、そんなことをぼんやりと考えた。
「よぉし!」
元気の良い声は隣から聞こえた。それは紛れもなくユウトが自身に喝を入れた声だった。
「じゃあ俺は早速次のジムに行く! ハルカにばっか、いいところは見せないぜ!」
こんなにも早くバッジを貰った喜びからか、次の町に向けての気合いが充填されたようだ。今なら野宿することさえ厭わないといった様子で、たったったと足踏みし始める。
「そんじゃ、次会う時はバトルが挨拶だぞ――じゃあな!」
軽く片手を振り上げると、さっさかユウトは走り去っていった。