プラチナ編


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 ふわり、ふわり。
 ふわり、ふわり。

 紫の炎が行燈かなにかの中で揺らめくように、ふわりふわりと瞬いていた。

 空中で。


「あ、ああ……」

 モミはなんとか喉元へせり上がる叫びを耐えていた。ヒカルも膝が笑いこけそうになるのを堪えるのがやっとだった。

 そして、紫の炎が――にへらあと裂けんばかり口を割ると、笑った。

「ひゃああああああああああああああああああああっ!」

 その叫びは一体どちらのものだったのかさえも分からないまま、モミとヒカルは駆け出す。

 木の根に蹴っ躓きながら、転んで泥まみれになりながら、息を吸っているのか吐いているのか理解できないままに、走って走って走って走り続けた。


 紫に燃える炎が、どこの世界にあったというのだろうか!?
 そしてその炎が宙に浮かぶということも――耳のある辺りまで引き裂かれるように笑うということも! ヒカルは心の中でそのように絶叫しながら木々の間を駆け抜けた。


 スタントマンがやるような転がり方で適当な家に飛び込むと、モミさんは大きなドアを閉める。

「こ、これで」
「大丈夫、だといいんですけど……」

 荒れる呼吸をなだめるように抑えつけてドアの鍵をかけると、ヒカルとモミに同様の不思議な感覚が生まれてきたのだった。

 どうしてあんな森の中に、急にこんな家が?
 なのに、不用心に鍵が開いているなんて。

「あ……あ……」

 顔が青ざめたモミの声が震えだす。口元を押さえ、必死になにか罰に耐えるようでもあった。

「ど、どうしたんですかっ?」

 問いかけにも満足に答えられるかどうかさえ怪しい、歯の根の震えた言葉を述べる。

「こ、ここ……も、りの、ようか……ん、です……」

 も、りの、ようか……ん。
 森の洋館。

 裕福な家族が住んでいたのだが、とある事件から無人の廃墟となっている。

「とある事件――昔々、この森の洋館と呼ばれる館に住んでいた家族達が、一夜にしてこぞって消え去ったという不可解な事件が起こったと言うんです……っ」

 一家総出で神隠し。

「……っ」
「犯人は見つからないまま、時効を迎え……そして今のような廃墟となっているんですが、当時の現場状況から色々と不可解なんです」

 モミは言葉を念入りに推考して語っていく。

「事件発覚は、ある日の朝でした。家主の友人さんが連絡しても反応がないことで気が付いたんです。直接家に出向いてチャイムを鳴らしても人気さえも感じ取れず、遂には近所の警官さん方と共に強行突破で扉を破ったんですが……」
「ですが……?」

 ヒカルはモミに続きを催促する。

「誰も――誰一人としていなかったんです」

 血一滴、髪一本、一家が暮らしたという事実の全てが抹消されるように、手付かずの温かな朝食や真新しい調度品だけが取り残されたんです――とモミは述べ終わった。

 夜逃げしたと推測するには洋館に住まう一家は裕福過ぎたし、無理心中になってしまったのなら遺体がどこからか見つかるはずであり、また殺人事件と呼ぶには証拠品や犯人の痕跡がゼロなのは異常と言わずしてなんと言うのだろう。

 神隠し。
 まるで空間か時間にぱくりと飲み込まれてしまったかのような、突然の消失。
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